第22話 あなたみたいな盗賊になります

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初めて窃盗を行った日のことは今でも鮮明に覚えている。
メイが初めて盗んだものはスイートロールだった。

 

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美しい牢獄。

メイが生まれ育ったその屋敷は、彼女にとってはまさにそう呼ぶに相応しい場所だった。
メイは9つになるまで、その美しい牢獄で育った。

 

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メイは物心が付く前から魔術に関する文献に囲まれて育ち、言葉を覚えるよりも先に魔術の習得を望まれた。
メイにそう望んだのは実の母親その人だ。

彼女こそがこの屋敷の主で、使用人やメイの教育にあたった魔術師が数人いた。
しかし、いずれもメイとは可能な限り口を聞くこともなく、会話らしい会話をした機会など数えるほどしかない。

 

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「いいこと?
お前は誰よりも優れた魔術師にならなければならない。歴史に名を残すほどの、ね。
それだけがお前の存在意義なのよ」

それが、メイを生んだ女の口癖だった。

 

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メイの母親だったその女が娘に求めたのは、とにかくメイが優秀な魔術師になることのみ。
しかも、少々抜きん出ている程度ではなく、稀代の天才と謳われるほどの。
そのためならあらゆる努力も投資も惜しまず、自分と娘の人生全てを掛けるつもりでいた。
しかし、悲しいかな、肝心のメイ自身の魔術の才能というものが欠如していた。

あの女は数多の魔術師を輩出して家柄の出自で、しかも一族の中でも抜きんでた才能を生まれ持ち、幼い頃から神童の名を恣にしていたと言う。
ところがメイにはその才能の一片さえも受け継がれなかった。

そのことはあの女を大いに失望させて、そして失望は激しい憤怒へと変わっていく。

 

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「どうしてお前はこんな簡単なことも出来ないの?」

あの女が自分に向けた、怒りと侮蔑を込めた目は今でも忘れられない。
どうして、と尋ねられてもメイは語るべき言葉を持っていなかった。
出来ないものは出来ないのだ。

 

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それでもあの女はその事実を認めようとしなかった。

命の危機が迫れば奇跡が起こるのではないか、そう期待して拷問と呼ぶような教育も行った。
手足を縛って水に沈める、足首を縛って逆さに吊るす、全裸で吊るして全身に鞭打つ、真っ赤に焼けた鉄を肌に押し当てる…
とにかく、命が危機に晒されることなく、そして回復魔法による治癒が可能な折檻は一通り行っただろう。

しかし奮闘も虚しく、メイの魔術師としての才覚が花を開くことは、結局あの女の最期の時までなかった。
一応、蝋燭を灯せる程度の炎を出す呪文だけは習得したが、言うまでもなくあの女が満足するわけがなかった。

あの女の行動は今思えば異常と言う他にない。
メイの魔術師としての才覚は平凡以下で、歴史に名を残す魔術師になるなど到底不可能だということぐらい、誰の目にも明らかだったのだから。
雄鶏に卵を産ませようとするようなものだ。
屋敷に何人かいた使用人はそのことにとっくに気付いていたが、誰も敢えて口にはしなかった。

メイは後に、あの女のことや、当時の自分が置かれていた状況の詳細を知ることになる…が、それはまだ先の話。

 

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メイが9つになるまで発狂することもなく生きられたのは、当時は希望というものを一切知らなかったからに他ならない。
初めから希望というものを知らない者は、絶望とも無縁でいられる。

何とか毎日を生き延びながら、生きながらにして死んでいるような日々を繰り返すだけだ。

 

 

 

ある時、メイにとって大きな転機の瞬間が訪れる。

 

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訓練…いや、拷問が終わって治癒魔法をかけられ、それでもなお重い身体を引きずって自室へと戻る時に、屋敷内に甘く芳ばしい匂いが漂っていることに気付いた。

 

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召使が客人のために焼いた菓子の匂いで、使用人同士の会話を盗み聞きして、それがスイートロールと呼ばれる焼き菓子だということを知る。

 

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物心付いた頃からずっと、味気のない粗末な食事しか知らずに生きてきたメイにはその焼き菓子がこの上なく魅力的に思えた。

食べたい。
どうしても食べたい。

積極的な欲求を抱いたことなどこれまでなかったが、メイはどうしてもあの焼き菓子が食べたくて、それからずっと忘れられなかった。
そして食欲というのは生きとし生ける者にとって大きな原動力となる。

 

今まで自分の意思で行動を起こすことなど考えも及ばなかったメイだが、この時ばかりは使用人の会話に耳をそばだて、彼らがスイートロールを焼く日時に予測を付けて計画を練った。

 

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食事に使うナイフを盗み、それをロックピックのように使用して常に外から鍵を掛けられている自室の扉を開錠した。

足音と気配を殺して厨房へと忍び込み、使用人が目を離した隙を狙ってスイートロールを引っ掴み急いで自室へと戻った。
メイの人生初の窃盗が成功した瞬間だ。

 

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初めて食べたスイートロールの味は今でも忘れられない。
また、それはメイにとって生まれて初めて幸福を感じた瞬間でもあった。

それに、鍵の掛かった扉を開錠した時、召使いたちの目を掻い潜って目当てのものを引っ掴んだ時の緊張感と高揚感と言ったら!
一度知ったら病み付きになってしまいそうだ。
いや、実際になった。

スイートロールを食べてしまえば何の証拠も残らない。
召使いたちはおろか、あの女でさえメイがしたことに気付かなかった。

ずっと自分のことを当たり前のように無力だと感じていた。
自分に出来ることなど何1つないと思っていた。

しかし、メイは自分を支配する者の目を盗み、素晴らしく価値のあるものを手に入ることが出来た。
全て自力で行ったことだ。

スイートロールを盗み食いした一件は、メイの心境に少なからぬ影響を与えた。
この時の体験が、メイの後の人生や価値観を決定付けたといっても過言ではない。

 

 

 

それから数日後、彼女は唐突に現れた。

 

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いつもならもう訓練が始まる時間なのに、今日は誰も現れない。
この9年間、遅れたことなど1日だってなかったのに。

 

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やがて部屋の扉が開いたが、そこに立っていたのはメイが全く予想もしない…というより、全然知らない相手だった。

 

「あらあら、困ったわねぇ」

鍵の掛かった部屋に当たり前のように入って来た少女は、メイを興味深そうに見ながら、さして困ってもいない口調で言った。

年の頃はメイより少しだけ年かさに見える。
しかし、まだ「子供」に分類される年頃だ。
初めて見る顔で、おそらくはこの屋敷の者ではないだろう。
メイの考えを読み取ったように、少女が笑顔を向けてきた。

 

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「自己紹介が遅れたわね。
初めまして、私はバベット。闇の一党の暗殺者よ。
この屋敷の人たちを皆殺しにするために遥々スカイリムからやって来たの。
短い付き合いになると思うけどよろしくね」

少女は朗らかな口調で物騒な言葉を紡いだ。
口調と言葉の内容との落差のせいで理解が一瞬遅れてしまう。
闇の一党はメイも聞いたことがある。と言っても、大金をもらって殺人を行う暗殺集団というぐらいの認識しかない。

メイは少女の言葉を頭の中で反芻し、つまりは自分も殺害対象に含まれていることを遅ればせながら理解した。

 

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またもや少女…バベットはメイの思考を先読みした。

「殺害対象の名前や年恰好、外見の特徴は予め全て頭に入れておいたわ。
そして私は既に一覧に名前があった人たち全員を殺した。
でも、あなたのことはその一覧の中に書かれてなかったのよね」

そう述べるバベットの小さな口の端から、鋭い牙が見えた。
こんな幼い少女が1人で屋敷の者を皆殺しにしたなど、普通なら俄かには信じられる話ではないが、メイは既にすんなりと受け入れていた。
時間を過ぎても訓練が始まらないということは、メイの変わり映えのない日常にとって「異常事態」であり、その理由が彼女の言葉の通りなのだとしたら納得出来たのだ。
極め付けはこの牙である。

彼女はおそらく少女の姿をした異形の存在だ。

 

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「もしかして、依頼主はあなたの存在を知らなかったんじゃないかしら?
私の考えではこうね。
あなたは隠し子か不義の子か何かで、あまり愛されて育たなかった。
だから、表向きには存在しないことになっている。
部屋の外から鍵を掛けられているのも、その辺りが関係しているのじゃないかしら。
あ、どうやら当たりみたいね?」

メイが一言も発していないにも関わらず、バベットは1人で喋って勝手に納得する。
とは言え、彼女の考えは全てが合致している。

「そこなのよね、私が困ってるのは」
「え…?」
「私はあなたのことを別に殺す必要はないの。
だからって生かしておく理由もないし、それに中途半端に慈悲をかけるのは却って残酷だと思うのよね。
それで、どうしようかなぁって」
「…」

屋敷内に監禁されて育ったメイにとって、死という概念はあまり実感が沸かない。
あまり恐怖心もないままに殺される運命を受け入れたが、どうやら予想外の方向に行く可能性も出てきたようだ。
腕を組んで考え込むバベットを、困惑とも期待とも付かぬ表情を浮かべながら見遣る。

 

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不意にバベットが振り返った。

「ねぇ?
私にはあなたをすごく楽に死なせてあげることが出来るわ。
あるいは、この屋敷の外に連れ出すこともね。
あなたは今ここで楽に綺麗に死ぬのと、それとも生き延びて苦しい思いをするのとどっちがいい?」
「じゃあ生きる」

間髪入れずに答えた。
バベットは口の端を吊り上げ、興味深そうにメイを眺める。

「何の身寄りもない女の子が1人で生きるって大変よ?」
「…死ぬのはいつでも出来る、から」
「ふふっ、そう思うでしょ?
人間ってね、脆いくせに変なところでしぶといからね、死にたい時にすんなり死ねなかったりするのよね。
経験者としては、楽に死ねる時に死んでおくことをおすすめしたいけれど…どうかしら」

 

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「死んだらスイートロールが食べられないもん」

メイの答えは予想外だったのか、バベットは一瞬目を丸くした。
それから、声を上げて心底楽しそうに笑った。

 

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「あはははは!
確かにその通りだわ!
そうね、美味しいスイートロールを食べるためだったらあらゆる困難に立ち向かうだけの価値があるものね」

 

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「…いいわ、私があなたを自由にしてあげる」

メイの目を見て、生にしがみ付く意思を感じ取り、バベットはそう言った。

 

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バベットが言った通り、メイを除いて屋敷内にいた者全員が既に事切れていた。
しかも何の外傷も苦しんだ様子も争った痕跡もなく、ただ眠るように。

 

 

 

その後、暫くの間バベットと旅をした。
と言っても、メイには外の世界のことなど何も知らないから全てバベット任せだが。

 

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バベットは外見こそメイと変わらない少女だが、何事にも臆さない雰囲気を纏っていた。

普通なら何かしら違和感や疑問を抱くところだが、メイはありのままの事実…
バベットが見た目よりずっと長い年月を生きてきて、並ならぬ知識や経験を持つ「大人」であることを当たり前のように受け入れて、彼女と一緒に過ごした。

これは、メイがまだほんの子供だったからというのもあるが、ずっと屋敷に監禁されて育ったために他者との接触した経験がなかったからというのも大きいだろう。

 

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メイがいた屋敷はシロディールにあり、そこから2人は港まで移動して船に密航した。
メイにはどういう理由かよくわからないが、バベットは「あなたはシロディールから離れたほうがいいかもしれないわね」と言った。
メイは特に向かう当てなどもなく、バベットの行き先がスカイリムだと聞いて、そこに向かうことに異存はない。

貨物に紛れて船倉に忍び込み、息を潜めて過ごすという行動は疲れはしたが非常に魅力的な体験だった。
船の中でバベットはメイに尋ねた。

「今からスカイリムに向かうわけだけど、行きたい場所とかあるかしら?」
「んー…」
少し考えてから頷いた。
「うん。リフテン、ていう街」
「リフテンですって?」
バベットは目を丸くした。
「何か理由でもあるの?」
「セリスとかいう悪いカジートが処刑されたんだってさ。
だから、ちょっと行ってみたい」
「セリスって、『本物のバレンジア』に登場する盗賊よね?
何だかよくわからない理由で行きたいのね。
…まぁ、いいわ。リフテンに向かいましょう」

 

 

 

やがて2人はメイの要望通りリフテンという街に着いた。
活気のある街だとメイは第一印象で感じ、そしてその活気に気圧されもした。
船の中でバベットに話した通り、リフテンのことは書物で読んで知っている。
かの悪名高いバレンジア女王はこの街で盗賊ギルドに所属し、そして彼女の盗賊仲間でもあったカジートが惨たらしい方法で殺された場所だ。
あの盗賊の首は門の上部に晒されたと読んだが、この門のことだろうか。さすがに数百年経っているからもうその首も朽ちてしまっただろうか。
残っている筈がないと思いながら、メイはその首と対面することを心のどこかで楽しみにしていた。

街中に入って暫くしてから、バベットが不意に足を止めた。

 

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「さて、ここでお別れね」
「え?」

それは予想外で、目を瞬かせながらバベットを見る。
そういえば何となく共に行動していたが、確かにこれからもずっと一緒だとは言わなかった。

バベットはメイの不安を感じ取って、笑顔を浮かべた。

「私の家族のところに連れてってあげてもいいんだけどね、それだと面白くないと思うの」
「面白く…ない?」
「あなたは自分の意思で、生きることを選んだでしょう?
だったら、これからどんな生き方をするかもあなた自身が決めるのが正しいと思うの。
私がこのままあなたを家族のところへ連れて行くってことは、あなたの生き方そのものを私が決めてしまうことになるもの。
良くも悪くもアストリッド…私の母親みたいな人は、1人ぼっちのあなたを放っておけない人だからね」

それを聞いてメイは、なるほどと思った。
メイが納得したことを読み取ったバベットは、満足そうに頷いた。

「もちろん、最終的にあなたが私たち家族の一員になりたいなら歓迎するわ。
でも、何となくだけどあなたはそうならない気がするのよね」

 

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「前にも言ったけれど、身寄りのない女の子が1人で生きるって確かにとっても大変よ。
でもね、小さな女の子であることはね、確かに何かと不利だけどそれを活用することだって出来るのよ」
「…?う、うん?」
「ますは、いい子にしてお友達をいっぱい作ることね」
「ともだち?」
「そう、あなたを助けて守ってくれる優しいお友達。
なかなか都合よく見つからないかもしれないけど、いい子にしていれば人から好かれる確率が高くなるわ。
あなたはかわいいから、色んな意味で有利よ。
でも、時にはちょっと嫌なお友達に我慢しなきゃいけないこともあるでしょうね。
それも、生きるためには仕方のないことね」
「んー…?
わかった。頑張る」

「それともう1つ。
幸運の女神に後ろ髪はないわ。
それらしい出来事に恵まれたら、すかさず前髪を掴むことね」
「…?
よくわかんない…」
「とにかく、誰にだって好機は訪れるものよ。
大切なのはそれを逃さないことね」

 

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「ふーん…やっぱりよくわかんないけど、ちょっとだけわかったかも」

メイが頷くと、バベットは最後に笑顔を浮かべた。

 

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「それと、にっこり笑うことも大切ね」
「にっこり…うん、頑張る」
「うんうん、その意気ね。
じゃあ、またどこかで生きて会いましょ」

そう言ってバベットは去って行った。
寂しさがないと言えば嘘になるが、メイは追い縋りたいのを我慢して彼女の小さな背中を見送った。

 

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(ここがリフテン)

 

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(ここが「外」)

メイにとって、屋敷の外に世界があることなど全く実感がなかった。
しかし今、屋敷から遠く離れたスカイリムにいる。

 

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これまで希望を知らなかった少女にとって、この時は不安よりも期待のほうが遥かに大きかった。
スイートロールを手に入れた時のように、この小さな手でこれから素晴らしいものをたくさん掴み取ることが出来る。

この時、無邪気にそう信じていた。

…この時は、まだ。

 

 

 

 

今となってはメイ自身信じられないことだが、自由を手にしてすぐの頃は真っ当な方法で生きようと考えた。

 

 

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しかし、本来なら親の愛に包まれ保護されるべき年齢の少女など、労働力を求める者にとっては足手まといにしかならない。
メイは自分が必要とされないことをすぐに思い知る。

 

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「…おなか空いた。
今日、寝る場所とかどうしよう」

 

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そんなメイに手を差し伸べる者もいた。

「どうした、お嬢ちゃん?
こんなところに1人でいると危ないぞ。
そろそろおうちに帰んな」
「…ないもん」
「何だって?じゃあお父さんやお母さんは?」
「…いない」
「んん?他に世話をしてくれる人や、寝泊まり出来る場所もないのか?」
「…うん。孤児院も聖堂もダメなんだって。
どこも雇ってくれない」
「そりゃあ可哀想だ。
よし、おじさんの家においで。
大したもんはないが、今日の夕食ぐらい出せるからな」
「ホント!?」

しかし…

 

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それは決して善意の手ではなかった。
その男は確かにメイに一切れのパンを与えたが、あくまでも「見返り」を前提とした行為だった。

「さーて、お嬢ちゃん。腹も膨れたことだし、一仕事して貰おうか」
「しごと?」
「ああ」

男はにやりと笑った。
恩人に対して失礼な感想だが、メイは酷く下卑た印象を受けた。
そしてそれはあながち的外れでもなかった。

「…っ!?な、なに…」
「おっと、暴れんなよ。ただで飯を食わせてやったんだ、これぐらいいだろ?」
「い…いや、だ…は、はなし、てっ…!」

 

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この時のメイには、男が何をしようとしているのか具体的なことはわからなかったが、本能的に恐怖と嫌悪感を覚えた。
男の膝の辺りを蹴り付けると、頭を平手で思い切り殴られた。
痛みと衝撃で、一瞬頭の中が真っ白になる。

「暴れんなっつってんだろ!お前、金持ってないんだろ?
そうだよな、お前みたいなガキじゃ労働力にならないしどこも雇っちゃくれねーよ。
だったらせめて自分に出来ることぐらいしろよ」

自分に出来ること…つまり「これ」?
メイは半ば呆然自失状態になりながら頭の片隅で考えた。
自分に出来ることは、こんな男のなすがままにされることだけなのか?
パン一食の代金として、この悍ましい行為を受け入れなければならないのか?

そんな疑問が脳裏を過ると同時に、怒りが込み上げて来た。
それでいてメイの一部分は妙に冷静で、その部分は男が腰に下げたダガーに注目していた。

 

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男はメイが諦めて抵抗するのを止めたと思って油断した。
メイは慎重に、しかし可能な限り素早く男の腰元からダガーを引き抜き、そのまま首を切り裂いて殺した。

 

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初めて人を殺したというのに妙に落ち着いた気持ちだったことは、今でもよく覚えている。
冷静に周囲を観察し、目撃者がいないことを確認すると、男の懐を漁って金目のものを全て失敬した。

「結構あるある。よっし、これでおなかが満たせる。
んー、思い切ってスイートロール買っちゃおっかな?
あー、でもでも我慢して大事に使わなきゃダメかなぁ」

死んだ…いや、自分が殺した男の死体を踏み越えながら、凶行の後だということを感じさせない明るい声で独り言を呟く。
実際、先ほどまで落ち込んでいたのが嘘のように気分が良かった。
状況と方法は異なるものの、価値のあるものを得たという点は同じだ。それに今回は、自分に危害を加える「敵」を退けることが出来た。
自分は餌食ではないのだ。

メイは不意に「あ」と言って立ち止まり、男の頭部を思い切り蹴り付けた。
「ふーんだ!バーカバーカ!スケベ!変態!ロリコン!クサレチンコ!どーてー!やーいやーい!」
書物を通して得た知識を総動員し、子供っぽい悪口で一頻り囃し立てたらそれで満足したのか「やば、見つかる前に逃げなきゃ」と呟いて走り去った。

 

 

 

何はともあれ、メイは自分が世界から隔絶された存在だということを痛感した。
あの男を殺して金品を奪った時、まるで合わない靴を脱ぎ捨てて素足で走り出したような解放感を覚えた。
メイにとって他者から盗むことは、呼吸や瞬きをするのと同じぐらい自然なことだ。

一度窃盗の味を知れば…いや、思い出せば人生が変わった。

 

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市場の喧噪の中で、夕暮れの路地で、込み合った酒場の中で、家主が不在中の家の中で、メイは次々に盗みを繰り返した。

食べ物や衣類といった必要な日用品の他、ゴールドや宝飾品といった金目のものも盗んだ。
盗みというのは集中を要する行いだし、無事に終えても心身共に疲労したが、それでも充足感があった。

 

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唯一困ったのが、せっかく煌めく宝石や綺麗な装飾品を盗んでも、金や食べ物に変える手段がないということだ。
メイのような子供が見るからに高価な宝石を持ち込むと、普通の商人は訝しがる。
盗品を買い取ったということが噂になれば店の信用はがた落ちだからだ。

 

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しかし、それらの戦利品を眺めているだけでも心が満たされるのを感じた。
自分はもう無力な囚人ではないという証のように思えたのだ。

また、メイは殺人は極力避けるべきだということも本能的に理解した。
治安の悪いリフテンとは言え、街中に死体が転がれば衛兵は警戒する。
それに、死んだ人間からは一定量までしか奪えない。
生かしておけば勝手に金を稼いでくれるから、その度に感付かれない程度に分けて貰うほうがよほど効率がいい。

 

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この頃のメイは自分が盗賊になるなど考えたこともなかったが、小さな盗みを成功させた回数が増えるにつれて大胆になっていった。
コソ泥気質は天性のものなのか、大きな盗みに挑戦したくなった。

 

 

 

メイが目を付けたのは、リフテンの一角にある大きな屋敷だ。

家主と思しき人物は年配の男で、屋敷に戻ることはあまりないらしくメイも数えるほどしか見かけたことがない。また、他に誰かが住んでいる様子もない。
メイは数日かけてこの屋敷を観察し、そういったことを知り得た。
家主は今日この屋敷に帰って来たが、それから程なくして出かけた。となれば、彼はこれから数日は帰って来ない。
盗品のロックピックで開錠を試みると、慎重に行ったつもりだが簡単に折れてしまった。
2本目は更に慎重に差し込み、可能な限り繊細な動きで開錠に取り掛かる。
思いの他早く小気味いい音が響いた。
恐る恐る扉の把手に手を掛けると、何の抵抗もなくすんなり開いたために却って拍子抜けしてしまう。
立派な外観の屋敷にしては、実はメイが思ったよりずっと安価な鍵だったのかもしれない。

 

屋敷の中に侵入したメイは、注意深く中の様子を探る。
メイは足音を殺しながら歩行する術も独学で身に着けていたが、木製の床は石畳や地面の上に比べて足音が響きやすい。
一歩進む度に床が軋む音が響き、さほど大きな音ではないがメイとしては気が気でない。
逆に言えば、家主が予想に反して突然帰宅しても、すぐに察知出来るということだ。

家主はきっと几帳面な性格なのだろう、室内は綺麗に整頓されている。
しかし本当に最低限のものしかなく、生活感に乏しい。

なかなか目ぼしいものは見当たらず、気付けばかなり奥まで来ていた。
目に入った扉を開くと、どうやらそこは書斎のようだ。

 

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瀟洒な造りの机と、もしかしたら稀覯本かもしれない立派な本が何冊かはあるが、どちらも持ち運びには不向きだ。
机の上にはオイルランプが置かれており、見ればまだ油が残っている。
とりあえずこれは貰っておくことに決めて手に取る。

しかし他に目ぼしいものは見当たらず、メイがな苛立ちを覚えた時、机の上にある手紙に気付いた。
ふと興を引かれて読んでみると、次のように記されていた。

 

「Mへ
どうやって例の品を手に入れたのか確かではないが、とにかく嬉しいことこの上ない。
ドール城から最終目的地まで運ばれるまでは手を出さないと思っていたが、聞くところによると、すぐに武器庫から消えてしまったとか。
どうやって衛兵の目を逃れ、格子戸をすり抜け、武器庫の扉を開け、ドワーフのパズルのような金庫を破ったのか・・・いつかコツを教えて欲しいものだ。
いつもの場所にお前の分け前を置いてきた。すぐに新しい仕事も入るだろう。
Rより」

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見たところ、この手紙はこれから送るのではなく受け取ったもののようだ。

ということは、Mというのは家主を指すのだろうか。
手紙の内容からして、Mという人物はこの送り主のために何か盗みを働いたように読み取れる。
ドール城というのは確か、スカイリム首都のソリチュードにある上級王の居城の筈だ。

まさかこの屋敷の主は泥棒?
しかも上級王の居城から盗み出した?
だとしたら、Mというのが相当な実力者だということはメイでも理解出来た。

 

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「すごい…グレイフォックスみたい」
「ほう。グレイフォックスを知っているのか」

メイが無意識の内に呟いた瞬間、背後から聞こえた声に心臓が止まりそうなほど驚いた。
それまで何の気配も足音も、衣擦れの音さえしなかった。

振り返ると、この屋敷の主がメイのすぐ背後に立っている。
薄暗い室内では顔はよく見えないが、間違いない、あの男だ。

 

「な、なんで…」
「…今ここにいるのか、と言いたいのか?
お前が数日前からこの屋敷の周囲をうろうろしていたことは既に知っている。
おそらく今日あたり仕掛けてくるだとうと踏んで一度出かけた振りをしたが、どうやら正解だったらしいな」

メイは絶句した。
不審に思われることがないよう、姿を晒すことなく観察していたつもりだった。
しかし男はメイの存在に気付いていたばかりか、内心の企みまで予想していたと言う。
冷たい恐怖が全身に広がるが、恐怖で動けなくなるより先にメイは手に持ったままのオイルランプを思い出した。

 

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一か八か…

メイは口の中でごく小さな声で呪文を唱えつつ、男にオイルランプを投げ付ける。
男はそれを難なく躱し、ランプの中の油が飛び散って壁や床を汚す。
それと同時に呪文が完成した。
メイが何かを呟くと指先から小さな炎が飛んだ。破壊魔法、と呼ぶにはあまりにも弱々しい炎だ。

 

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しかしその儚げな炎は、床に零れた油に触れた瞬間大きく燃え上がった。

「何?」
さすがにこれは予想外だったに違いない。
男は、自分の足元で燃え始めた炎から反射的に身を引いた。
その一瞬の隙に、メイは彼の横を駆け抜けて逃走した。

撒いたのか、それとも男が関心をなくしたのかはわからないが、メイは無事に逃げ切ることが出来た。

 

 

 

しかしそれから暫くの間、どこに隠れていてもメイは気が気ではなかった。
こうしている間も見張られているのではないか、そんな不安が常に付き纏った。
何しろあの屋敷の持ち主は、さり気なく屋敷の周辺を探っていたメイの存在もその思惑もお見通しだったのだ。
しかもあの手紙の内容が本当なら、あの家主はメイのようなコソ泥ではなく本物の盗賊だ。
それも、書籍「影を盗む」に登場する隠密の達人…グレイフォックスその人だと言われている盗賊と遜色がないほどの実力者と見て間違いない。

(そんな人が実在するなんて…)

メイは身震いした。
心のどこで「もう一度会ってみたい」という声が聞こえた気がしたが、その声を無理矢理押さえ付けて、なるべく早い内にリフテンを出ることを決意した。

 

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しかし何の因果か因縁か、すぐにあの男と再会することになる。

メイはブリニョルフと出会い、盗賊ギルドへと迎えられた。
そしてギルドマスターであるメルセル・フレイこそ、何とあの家主だった。
メイがギルドにやって来て、初めてギルドマスターと対面した時のことは今でも鮮明に記憶に残っている。

「メルセル、こいつが昨日話した新人だ」
「は、初めまして…」

 

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ブリニョルフの陰に隠れるようにしながら、メイは小さく頭を下げた。

こちらを見下ろす灰色の双眸には温もりの欠片も見られず、メイの不安を掻き立てる。
彼はあの時の侵入者がメイだと気付いているだろうか。
もしかしたら薄暗かったから顔はよく見えなかったかもしれない…という期待はさすがに都合が良すぎるだろうか。
しかし、メイの内心の不安を他所に、彼はまるでメイなど初めて見るかのような態度を見せた。

「新人…と呼ぶには若すぎるようだがな、ブリニョルフ」
「こいつは今はまだガキだが見込みがある、いずれはギルドのために目一杯働いてくれるようになるさ。
そうだろう、小娘?」

そう言ってブリニョルフはメイの頭を軽く叩いた。
メイは伏目がちに頷く。
それから一瞬の間があり、次に口を開いたのはメルセルだ。

「本当にこんな子供をギルドに加えるつもりなのか?
盗賊になるということがどういうことなのか、理解しているかどうかも疑わしい。
俺は賛成しかねる」
「メルセル…」

「あたし、盗賊になるんです」

メイは思わず顔を上げて言い放った。
声音の強さに自分でも驚いていると、ブリニョルフとメルセルがこちらを振り返るのが見えた。

「盗賊になるってことが、どーいうことちゃんと理解してます。
盗みは悪いことで、捕まったら牢屋に入れられたり最悪は殺されちゃったりします。
でも、それでもあたしは盗賊になります。
だからあなたのギルドの一員にしてください」

メルセルを見上げ、断固とした口調で言い切る。
盗賊になると自ら宣言したのは初めでだが、改めて言葉にすることで、まるで自分用に誂えた服を着たかのように馴染むのを感じた。
子供心ながらに、盗賊という生き方が自分の天分に思えた瞬間だ。
メルセルは暫くメイを品定めするように眺めていたが、やがて視線をブリニョルフへと移して言った。

「こいつがギルドの資産を無駄にしないことを願うよ」

遠回しな言い方だが、メイはその言葉に心底安堵した。
ギルドマスターにそう言われて、自分が今度こそ本当にギルドの一員になれたのだと感じた。

「あたし、頑張ってあなたみたいな盗賊になります」

思わずそう口にしていた。
メルセルはメイを一瞥したが、それ以上は何も言わず、話は終わったと言わんばかりにその場から去ろうとする。
そんな彼をブリニョルフが呼び止めた。

「メルセル、何か忘れていると思うんだが」
「え?ああ…メイ、とか言ったな?盗賊ギルドへようこそ」
「よ、よろしくお願いします…ますたー」

取って付けたような口調で形ばかりの「歓迎」を示すメルセルのことを、何と呼ぶべきか迷ってからそう口にした。
ブリニョルフに対してそうしたように呼び捨てにするのは憚られ、かと言って「さん」付けするのも馴れ馴れしい気がしたのだ。

 

その時、あることに気付いて思わず「あっ」と口走ってしまう。
慌てて口を噤んでも既に後の祭りだ。

「何だ?」
「えっと、何でもないです」
「言え」
「その、すごくしょーもないことなので…」

メイに対して全く好意的でないこの男の前で口にするのは躊躇われる。間違いなく小馬鹿にされるだろう。
メルセルは興味を失くしたか、それ以上追及せずに立ち去った。

メルセルが去った後、ブリニョルフはメイに向き直って言った。

「ファミリーへようこそ、小娘」
「あたしも明日からお仕事するの?」
「いや、お前は当分の間はお勉強だな。まずは盗賊として生きる術を教えてやろう。
もちろんいずれはお前にも仕事をして貰うようになる。目一杯稼いでくれよ」
「うん。あたし頑張るよ。あの人…ますたーみたいになるね」
「さっきもそう言ったな。そりゃまた随分とでかく出たな。先が楽しみな奴だ。
…ところで小娘、さっき何を言おうとしたんだ?」
「あー、ちょっとね…」

口ごもり、周囲に視線を巡らせる。
メルセルの姿は既になく、それなら聞かれる心配もないと判断してブリニョルフにだけ打ち明けることにした。

「ますたーの目の色」
「うん?」
「最初、灰色だと思った。でも、よく見たら実は緑色で…」

スカイリムの大地のような、冷たく乾いた色を連想した。それはおそらく先入観に依るところが大きい。
よく見れば、最初に思ったのよりずっと柔らかな色で。そのことを意外に思うと同時に、強く印象に残った。

「何か、ちょっと…綺麗だなーって思った」
「何だそれは」

ブリニョルフは呆れたように笑った。
だが、メイが上手く言葉に出来ない部分も感じ取ったのだろう。
こう付け加えた。

「実は俺も最初にメルセルに会った時にお前と同じことを考えたよ、小娘」

 

 

 

盗賊になるための訓練と言っても、その内容はいずれも地味だ。
地道な基礎体力作りを中心に、反射神経や手先の器用さを鍛える訓練も並行して行った。

ギルドの構成員たちの気さくな態度に、そういった経験のないメイは初めこそ戸惑ったがすぐに皆と打ち解けていった。
そんな中、メルセルだけはいつまでもメイに素っ気ない。
他者を見下したような態度に反感を抱く新人は多いが、メイはギルドの実力者や古参者は決して彼を悪く言わないことに気付いていた。
同時に、ブリニョルフやヴェックスとは談笑とまではいかないまでも、会話が成立している。
メイはそのことに興味を、そして僅かに不満を抱いた。
この「差」はメイがほんの新人で、何の成果も出していないただの下っ端だからだろうか。
もし今後、盗賊として実力を付けて行けば彼の態度が軟化する日も訪れるのか。

その辺りはわからないが、1つだけ確かなことがある。
このギルドを、ギルドの構成員を纏めているのはメルセルだということだ。

メイはこのギルドに来て、生まれて初めて安息や一個の人間としての尊厳を感じることが出来た。
そして組織を纏め上げて存続させるのは並大抵のことではないというのも、メイなりに理解出来た。
メイにはぴんとこないが、今のギルドは嘗ての栄華を失い衰退の一途を辿っているのだと古参者から聞いた。

(あたしがここにいられるのも、ますたーのお陰ってことだよね)

感謝を示すため…というわけでもないが、メイは一端の盗賊となるべく訓練に明け暮れる日々を過ごした。
このギルドは居心地がいいが、自分はその居心地の良さに胡坐をかいていられる身分ではないということは重々承知している。
皆が良くしてくれるのは、メイがいずれはギルドに金を運ぶ戦力になることを期待しているからこそだ。無償の愛情などありえない。
メルセルはもちろんのこと、ブリニョルフでさえもメイが役に立たない穀潰しだと判断すれば即座に切り捨てるのは間違いない。

この居場所を失いたくない。
皆に見放されたくない。
もう無力な自分ではいたくない。
そんな思いがあればこそ、地道かつ厳しい訓練もそれほど苦にはならなかった。

 

 

 

 

skyrimstory22_66

目を覚ましたメイは、自分がどこにいるのかも忘れて、寝台に半身を起こしてぼーっとした。
目が覚める前に見ていた夢の内容は殆ど覚えていない。
しかし、夢は遠い記憶を呼び覚まし、忘れていたいくつかの感情を思い出させた。
メイは大きく伸びをしながらよくわからない呻き声を出した。

「つまり、あれって…あれとかこれとかそれとか、つまり…あー、うー」

思考も言葉も上手く纏まらないのがもどかしい。
寝台の上で意味もなくもぞもぞ動き回る内に、ここがどこで、どうしてここにいるのか徐々に思い出してきた。

 

(そうだ。バトルボーン家からの依頼を成功させたんだっけか)

昨夜、バトルボーン家の当主から感謝の意を表明された。
自分が依頼に成功したこと、ギルドが新たな支援者を得たことは喜ばしいことだ。
メイとしても嬉しくないわけではないが、どうしても心に引っ掛かるものを感じながら眠りに就いた。
その時は引っ掛かるものの正体を掴みかねたが、今は何となくわかる。

 

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「…いつの間にかギルドの皆が大好きになっちゃってたなぁ」

小さく呟いた。
それ自体は決して悪いことではないだろう。メイはそう思う。
しかし、

「あー…昔はあんまり納得出来なかったことも、いつのまにか当たり前になっちゃってたかな」

ギルドに入る前、メイにとって窃盗は天分だと強く感じた。
今もそれに変わりはないが、しかしいつしかギルドの運営そのものが最大の関心事になっていた。

やはり群れの一員であるためには、納得のいかないことも迎合しなければならない。
この度の任務は危険を伴い、また責任重大なものだった。
何しろ危うく命を落としかけた。
同時に久しく高揚感を覚えたが、しかしあくまで有力者のために働いているということにメイとしては引っ掛かりを覚えたのだ。

 

唐突にある場面がメイの脳裏に鮮明に浮かび上がった。

「あんたかい、ブリニョルフが連れて来た奴ってのは?
ふぅん…少々若すぎる気がしないでもないが、まぁいいさ。
噂じゃあ、いずれはメルセルみたいな盗賊になるんだって?
いいね、そういう威勢のいい奴は嫌いじゃないね」

メイの記憶の中で、ヴェックスは今と変わらない不敵な笑みを向けている。

「あたしはヴェックス。
ギルドで随一の盗賊と言えばあたしのことさ。
悪いけど、取って代わろうってつもりならそう簡単にはいかないね」

ヴェックスは、初めて会った時から強くて綺麗だった。

少々きつい物言いだが、メイを見下したり子供扱いするといった風ではなく、むしろ対等に接してくれているようでそれが嬉しかった。

 

「ヴェックスとますたーだったら、どっちが上なの?」

こんな不躾な質問を投げ掛けられたのも、何もわからない子供だったからだろう。
ヴェックスは気を悪くした風もなく、口の端を吊り上げて笑った。

「メルセルのギルドを纏め上げる手腕について誰も疑っちゃいない。
あたしだってそうさ。
でも、盗賊としての腕なら負ける気しないね」

驕るわけではなく、しかし自信に満ちた口調で彼女は言い切った。
それが自称では留まらないという事実を、すぐにメイも知ることとなる。

ヴェックスは確かに凄腕の盗賊で、抜きん出た技能を持つ盗賊揃いのギルドの中でも突出している。
メルセルのヴェックスに対する信頼の厚さを見ても明らかだった。
しかしメイは、ある疑念とも違和感ともつかぬものをずっと捨て切れずにいる。

(ますたーのほうが上なんじゃないかなぁ?)

どうしてもそう思わずにはいられない。
もしギルドに加入する前にメルセルとの邂逅がなければ、そう思うこともなかったに違いない。
因みに、あの時何となく持って来てしまった「R」なる人物からの手紙は今もまだ持っている。
あの手紙の内容、それに真後ろに立たれていても全く気付かなかった一件が度々脳裏を過ぎる。

 

 

 

ある時、メイがヴェックスの仕事に同行して見学させて貰う形で2人はソリチュードを訪れた。

 

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ヴェックスの仕事ぶりは、舞踏でも見ているかのように鮮やかだった。
山猫のようなしなやかな動きで壁を登り、明かり取りのための小さな窓から痩身を滑り込ませる。
そしてほんの数分で目当てのものを手にして、殆ど音もなく着地した。
情報によれば目当ての品は頑丈な金庫に保管されている筈だったが、ヴェックスに掛かれば鍵など何の意味も成さない。

さっさとずらかるよ、と身振りで示すヴェックスをメイは尊敬の眼差で見上げた。

 

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月の出ない闇の中を疾走しながら、メイは自分の足音が気になって仕方がなく、自ずと速度を落としていた。
先を行くヴェックスは、結構な速度で走っているにも関わらず全く足音がしない。

ある屋敷の前を通りかかった時、メイは不意に足を止めた。
不審に思ったヴェックスが引き返してメイに歩み寄って来る。

 

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「あんた、何やってんだい?
ほら、さっさとここから離れるよ」
「ねぇ、このおうち」
「あん?」
「すごく立派だね。今度はここを狙おうよ」
「あー…ここは駄目だね」
「え?」
「ほら、見てみな」

そう言ってヴェックスは正面玄関の下部に小さく彫られた印を指差した。
敢えて探そうと思わなければ気付かないような小さな印には、メイも見覚えがあった。

 

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「シャドウマーク…だっけ?」
「そうさ。あんた、これが何を意味するかわかるかい?」
「えーっと、これは…入っちゃいけませんって意味だっけ?」
「よしよし、ちゃんと覚えていたね。
聞いた話によると、この屋敷の主は嘗てはギルドの支援者だったそうだよ」
「それって、ブラックブライア家みたいな?」
「ああ。落ち目になった今のギルドには見向きもしないが、うちがまた昔の栄光を取り戻せばまた振り向いてくれるかもしれないだろ」
「そっかぁ」

頷きながら、メイは腑に落ちないものを感じていた。

(…あたしたち、盗賊なんだけど。
ブラックブライアとかこのおうちの人のご機嫌取りして、それじゃまるでお金持ちの専属武装集団みたいじゃん)

これは、ギルドに加入した当初からずっと抱えていた疑問でもあった。
ブラックブライア家がギルドの重要な協力者だということは、かなり早い段階からブリニョルフに教わった。
メイ自身、間接的にだが彼女のために働いたこともある。
メイビン・ブラックブライアにとって目障りな露店商のポケットに、盗品を忍び込ませて濡れ衣を着せたのだ。
窃盗は楽しかったし、罪のない露店商を陥れることへの罪悪感もなかったが、しかし有力者のために行うというのがメイは気に入らなかった。

(ブラックブライア家だって、あたしたちに掛かれば獲物なんじゃないの?)
ブリニョルフの言うことは頭では理解出来たが、どうしても心から納得することは出来なかった。

 

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だからメイは、この時ヴェックスに少しだけ失望した。
ギルドの意向を無視しないまでも、ヴェックスならこのシャドウマークに反発を覚えてくれることを勝手に期待したのだ。

「ねぇ」
「無駄話なら帰ってからにしなよ」
「ヴェックスは、ドール城に忍び込んだことはある?」
「ないね。ギルドは基本的に帝国と揉め事を起こさない方針さ」
「忍び込もうと思えば忍び込める?」
「…おそらくはね。ただ、いつものやり方で忍び込むほどあたしは馬鹿じゃない。
やり方を変えるね」
「たとえばどんな風に?」
「そうだね…例えばまぁ、あんたに身分を偽装しさせてメイド志願者として送り込むとかね。
数日、時には数ヵ月かけて内情をじっくり探らせながら連絡を取り合うのさ。
そして機が熟す頃に、あんたは内側からあたしのために『道』を作っておくって手筈だよ」
「なるほどー!」

「…じゃあさ、例えば…例えばだけどね?
ドール城の武器庫に、すっごいお宝があるとして。
そのお宝は近々どっか別の最終目的地に運ばれる予定なんだけどね?
ヴェックスだったらそれが武器庫から運び出される前に、単身でドール城に忍び込んで、衛兵の目を逃れて、格子戸をすり抜け、武器庫の扉を開け、ドワーフのパズルみたいな金庫を破ってお宝げっとー!とか出来る?」
「あんたね」
ヴェックスは肩を竦めて嘆息した。

「そりゃおとぎ話の類さ。
あんたはよく本を読んでるけど、今のも盗賊が活躍するお話か何かの受け売りだろ?
いいかい、ああいうのは読者を楽しませるために誇張してあるもんさ」
「じゃあ、出来ないってこと?」
「…あたしは盗賊であって、デイドラロードじゃないんだ。
ほら、そろそろ行くよ!もたもたしてたら置いてくよ!」

メイの話がいかに荒唐無稽とは言え、「出来ない」と言わないところは彼女らしい。
ヴェックスにとっては不可能ではなく、代行手段を考えるということだろう。
慌ててメイはヴェックスの後を追ったが、内心では興奮を抑えきれずにいた。

(でも、ますたーは成し遂げたんだよね…?
ヴェックスでも出来ないことを…)

この興奮を誰かと分かち合いたいという衝動を抑えるのには一苦労した。
しかし、それでもメイはこのことを自分の胸に留めておいた。
ギルドは帝国とは揉め事を起こさない方針だと言った。
そしてメルセルを行ったことをヴェックスでさえ知らない。
ならば、その理由についてはメイには知る由もないがメルセルが個人的に受けた依頼ということだろう。
公言するべきではないとメイは判断した。

それに何より…

(これはあたししか知らないこと)
そう思うと、無性に嬉しいような誇らしいような気分になった。

 

 

 

 

 

 

skyrimstory22_68
(ますたーとヴェックスとはやっぱり違うと思う。
ヴェケルはますたーとブリニョルフとヴェックスを絶滅寸前の種族って言ったけど、その中でもますたーは違うみたい。
ヴェックスは、ブリニョルフやデルビンと同じ側。
他の皆だって、実力差はあっても同じ側。
でも、ますたーは…)

嘗て盗賊ギルドは栄華を誇っていた。
あらゆる街の有力者との繋がりを持ち、スカイリム全土に強い影響力があり、空から金が降ってくるかのように使っても使いきれないほどの富に恵まれていた…らしい。
全てはメイが生まれる前のことだ。

「あの頃」を知らない者でも、「あの頃」に漠然とした憧憬を抱く者は多い。
メイはどうしても疑問を覚えずにはいられない。
その富はいったいどのようにして集まったのか?
嘗てのギルドには凄腕の盗賊が今よりもっと沢山いた、幸運に恵まれていた…など、理由は色々と思い付く。

盗賊稼業は決して楽ではない。
だからこそ、腕が良くて慎重で豪胆で忍耐強く、しかも酔狂な者でなければ続けられない。
なのに、盗賊稼業をしながら贅沢にぬくぬく暮らせることなどありえるのだろうか?
メイは常々「あの頃」に対して疑問を抱いていた。

しかし、今回の任務を成功させたことでこれまで見えなかったものが見えてきた。
メイの働きによって盗賊ギルドはホワイトランに協力者を得た。
上手く行けば、あのゴールデングロウ農園のような「金づる」をホワイトラン地方に得ることが出来るかもしれない。
そうすればそこから金を吸い上げて、ギルドはより安全に富を得られるようになる。

となれば、構成員が各自で盗みに入るよりそのほうがよほど効率良く金を回収出来る。

 

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(…ホントにそれでいいのかな?)

つまり、嘗てのギルドの繁栄とはそういうことだったのではないか。
一部の優れた盗賊が危険な任務に奔走し、スカイリムの有力者のお気に入りの猟犬となり、それこそ「虎の威を借りる狐」のように幅を利かせられるようになったのではないか。
更にゴールデングロウ農園のような「金づる」をいくつも得た結果、儲けを吸い上げて栄えるようになったのではないか。
メイにはそう思えて仕方がない。

(ブリニョルフやデルビンは「あの頃」を取り戻したがってるけど…)

「あの頃」を取り戻した時、それは果たして盗賊ギルドと呼べるのかメイにはわからない。
少なくとも、メイが知っている盗賊ギルドではない気がする。

富が次々に集まり、贅沢に暮らせるような環境は優れた盗賊を鈍化させるのではないか。
ギルドを構成する者の腕が鈍れば、自ずとギルド全体が衰退するのではないか。
「あの頃」のギルドの繁栄は虚偽で、実は砂上の楼閣だったのではないかとメイは思う。
砂上の楼閣で安寧を甘受していた連中は、情勢が傾いたら早々にギルドを去ったことだろう。

(そんな奴いらないよね。
でも、ギルドの景気が良くなったらそーいう連中が掌返したみらいに集まりそうだなぁ…)

メイがホワイトランの任務を成功させたことで、ギルドは「あの頃」に一歩近付いた。
それがいいことなのか悪いことなのか、メイはどう受け止めていいかわからない。

(ますたーはどう思ってるのかなぁ)

メイはメルセルの真意がどこにあるのか考えた。
見えてくるものなどなかったが、それでもメイには「もしかしたら自分も彼と同じ側なのじゃないか」という朧げな思いがあった。

 

 

 

しかし、色々と思うところはあってもメイとしてもギルドの運営が最大の関心事であることは事実だ。
とすれば、やることはこれまでと変わりない。
日々の鍛錬に精を出しつつ、言われた通りに任務をこなす。今まで通りに。

サファイアはホワイトランで少し遊ばないかとメイを誘ったが、メイは首を横に振った。
一刻も早くリフテンに帰って次の任務に着手したかったからだ。

馬を駆り、夕方近くにはリフテンへと到着した。

 

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「何か嫌な感じね」
城門を潜り、少し歩いたところでサファイアが小さく呟いた。
メイも頷いて同意する。

何やら妙な雰囲気だ。

 

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メイもサファイアも盗賊ギルドの一員だということは知られている。
メイは嫌悪の、サファイアは畏怖の対象としてリフテンの住人から見られているため、2人に対して向けられる視線は普段から優しいものではない。
しかし今日はどうもいつもと雰囲気が異なる。
憐れみと、そして隠し切れない嘲笑がどこからともなく零れているような、そんな類の関心を向けられているのを肌で感じる。

「いったい何だろね?」
「さぁ…わからないけど、早くギルドに戻ったほうが良さそうね」

 

skyrimstory22_72

「よう。帰ったんだな」
そんな2人に声をかける男がいた。

「モール!」

 

skyrimstory22_73

ディルジの兄弟であるモールだ。
彼の顔には苦々しい表情が浮かんでいる。
メイとサファイアは思わず顔を見合わせた。
何かが、ギルドにとってありがたくない何かが起きたことはもう疑いようがない。

 

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「ええ、たった今ね。
ねぇ、いったい何があったのよ?」

サファイアが単刀直入に聞くと、モールの眉間の皺が一層深くなった。

 

skyrimstory22_75

「実はな…あー、何だ。
あれだよ、ゴールデングロウ農園の件だ」
「確かヴェックスが担当している筈だけど。
…って、ちょっと待ってよ。ま、まさかとは思うけど」

珍しくサファイアが動揺を見せる。
モールは重々しく頷いた。

「そのまさかだ。ヴェックスが任務に失敗した。
何とか一命は取り留めたが、大怪我を負って任務に同行してた奴に担ぎ込まれた」

 

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「!!」
サファイアは大きく目を見開いて絶句した。

「嘘でしょ!?信じられないわよ!だって…あのヴェックスが、ですって?」
「ああ、俺だって信じたくないね。だが事実なんだよ」
「まさか、そんな…」

モールの口振りからして自力では歩けないほどの怪我だったのだろう。
とすれば、街の住人にもその様子を見られた筈だ。大勢の目撃者を生む状況は避けたかもしれないが、ほんの数名にでも目撃されればすぐに噂は広まる。
なるほど、2人が先ほど感じた妙な空気も頷ける。

 

skyrimstory22_77

「メイ、ギルドに戻るわよ!」
「うん」

そう言ってサファイアは早足でギルドへと向かう。

 

skyrimstory22_78

遅まきながらモールはメイが先ほどから一言も発していないことに気付いた。

(ヴェックスの件がよっぽどショックだったんだろうな。無理もない…ん?)
モールの横を通り過ぎる時、一瞬だけメイの横顔が見えた。

 

skyrimstory22_79

いつもの落ち着きのない快活さは影を潜め、代わりに酷く冷淡な表情を浮かべているのが見えた。

モールは自分の目を疑ったが、既に2人はモールに後ろ姿を向けている。
メイの先を歩くサファイアは、メイが冷めた表情をしていることに気付かなかった。