第31話 「一流は一流にしか見抜けない」

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松明の炎が朧げに揺れ、5人の影を石畳へと落とす。
正確には1人と4人とが対峙する影だ。

 

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「ギルドを抜ける?」

 

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「…ええ」

4人と対峙する者…つまりメルセルの問いに、その女は小さく頷いた。
その拍子に長い黒髪が頬にかかり、宵闇のような漆黒と新雪のような白の対比が生まれる。

 

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「どういうことだ、ウィスタリア?」

「……」

「もう決めたんだよ、メルセル。俺たちはガルスのやり方にはついて行けない」

ウィスタリアの代わりに、彼女の隣に立つ長身の男がそう答えた。

 

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その2人の斜め後ろに立つ青年も、重々しく頷いて同意を示す。

 

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彼らとは少し離れた位置に立つアルゴニアンだけは、一言も発することなく、4人の遣り取りを静観している。

 

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「すみません、メルセルさん。俺も2人と同じ考えです」

 

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「スキールニル、フィニアン…お前たちもか。
何故だ?いったい何故なんだ?」

「スキールニルの言った通りよ。
わかるでしょう、メルセル?
私たち、もうガルスのやり方にはついて行けないのよ」

「そうですよ。俺たちはあくまで盗賊なんです。
ブラックブライア家を初めとした有権者の子飼いの武装集団じゃない」

 

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「そんな言い方は止めろ。ギルドがここまで発展したのは、これも一重にガルスの手腕だ。
各地の有権者の支援がなければ今のギルドはなかったし、それにガルスの求心力あってこそ彼らの支援を得ることが出来たんだ」

 

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「ええ、確かにあんたの言う通りね。それに関しては否定しないわ。
そう、ガルスは確かにギルドを発展させた。
今じゃスカイリム中、ほんの僅かな影にまでギルドの影響力が及んでいるものね。それは紛れもない事実よ。
様々な権力者の後ろ盾があってこそ、今のギルドが在ることは紛れもない事実」

そこでウィスタリアは一度言葉を切った。

 

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「でもね、メルセル、私たちはその代償として何を失ったかしら?」

「何…」

 

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「メルセル、気付かない振りをするのはもう止めたらどうだ?
お前なら、わからないわけがないだろう?
ガルスは変わった。今の彼はもう、昔の…お前にとっての尊敬する師じゃないんだよ」

 

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「そうですよ!
ガルスさんは、もう…今では危険な仕事は全てあなたに任せっきりで、ギルドマスターの座に胡座をかくだけの…
…ああ、もう。この際はっきり言わせて貰いますけどね。
今のガルスさんはただの色ボケした狸ジジイですよ。
あの女が現れてから…」

 

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3人の意思の固さを見取って、メルセルは暫し沈黙した。
既に心変わりした彼らを繋ぎ止めることは不可能だ。彼らのガルスへの評価を改めさせることも。

メルセルは先ほどから物言わぬアルゴニアンに視線を向ける。
すると、彼は小さく肩を竦めた。

 

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「俺は、まぁ、概ねこいつらに同感なんだがね。
ギルドとの関りを完全に絶つってわけじゃないものの、ちと距離を置こうと思っているのさ」

「どうする気なんだ?」

「東帝都社の社員にでもなろかとね。
これまでのようにギルド員として仕事をするわけじゃないが、あんたに美味しい情報を流してやることが出来る。
それに、スカイリムに上陸したばかりの商品の中から目ぼしいものを横流しすることも、ね」

つまりは、ギルドの指示で動く構成員を辞めて、「取引相手」になるということだ。
他の3人より遠回しな言い方ではあるが、彼もまたこれ以上ガルスの下で働く気はないと告げている。

 

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「…わかった。なら、もう勝手にしろよ。
俺は止めない」

「メルセル、あんたも来なさいよ」

「いや、断る」

 

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「ねぇ、メルセル?
あんた、まだわからないの?
このままガルスの側にいても、せっかくの類い希な才能も徒に使い潰されるだけなのよ!?」

 

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「そうだぞ、メルセル。俺たちと一緒に来てくれよ。
俺たちで、また一から盗賊ギルドを作るんだよ。
どうだ、悪い考えじゃないだろう?」

「その通りですよ、メルセルさん。あなたにはそれだけの力がある」

「メルセル…!」

3人の視線がメルセルに向けられる。

 

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特にウィスタリアはまるで祈るような表情だ。碧色の双眸が小揺るぎもなく彼を捉えている。

 

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それでも、メルセルは首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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一瞬。
本当に、ほんの一瞬の間の出来事だった。

 

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事を終えて思わず気を抜いたと同時に、一瞬だけ意識を手放してしまったようだ。
完全に眠ったわけではないが、うつらうつらとしていた。

その僅かな間に、遠い日の記憶が浮上してきた。

 

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苛立ちを覚えたメルセルは思わず舌打ちした。同時に、視線だけ持ち上げてメルセルを伺っていたメイと目が合った。
メイは咄嗟に顔を伏せて寝た振りを決め込んだが、既に手遅れだ。

 

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(…びっくりした)

柔らかなシーツに顔を埋めながら、メイはそんなことを思った。
気怠い心地良さが全身を包み込んでいる。
普段の生活からは掛け離れた瀟洒な部屋で、メイはその気怠さに身を委ねながら寝台に横たわっているところだ。
昨日、いや、数時間前なら到底信じられないことだが、すぐ隣にメルセルがいる。

一頻りのことを終えると平静が戻って来た。
気恥ずかしさもあって、やや恨みの篭った目だけを持ち上げて隣にいるメルセルに向けると、彼が目を閉じて微睡む様子が見て取れた。
常ならぬ無防備な姿に、気恥ずかしさも何もかも忘れて思わず見入ってしまったが、しかしそれはほんの一瞬のこと。
すぐに目を覚ましたメルセルと視線が交差して、思わず逃げるように顔を伏せたという次第だ。

 

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「狸寝入りを決め込むなら、完全に息を潜めるな。かえって不自然だ」

 

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「う……」
疲れて寝た振りを決め込もうと思ったが、やはりバレていた。
メイは再び恨めしげな目をメルセルに向ける。

 

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「さっきの飲み物、やっぱり毒入りだったんですか」

「そんな大層なものじゃない」

「ああ、正確には毒じゃなくて媚薬ってヤツになるんです?」

「それも誤りだ」

「えっ、でも…」

全く悪びれた風もなくきっぱりと否定され、思わず押し黙る。

 

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「媚薬なんてものは実際のところは存在しない。
せいぜい、そいつの中にある感情や感覚を増幅させる程度だ。
さっきお前が飲んだものは、気分を高揚させて心身の痛みを和らげる程度の効能はあるが、全くその気のない奴を狂わせることなど不可能だ」

 

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「えー……」

お前も楽しんでいただろう。
遠回しながらそう言われては返す言葉もない。
自分の中にずっと前からあった劣情を見透かされてしまったようで、非常に居心地悪く、寝台の端っこで縮こまる。
それでも抗議を込めた目だけは彼に向けたままだ。

 

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メルセルのほうは、メイとの間にまるで何事もなかったかのような風情で続ける。

「薬であれ幻惑魔法であれ、作用するのはそいつが持つ感情に対してだけだ。
ゼロにどんな数字をかけてもゼロでしかないように、そいつの中に存在しない感情を引き出すことは不可能だ」

 

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だからそんな顔をするのはお門違いもいいところだ、ということだろう。
幻惑魔法を含め、曲がりなりにも魔術の心得があるメイにとって、彼の言葉には説得力があった。
幻惑魔法は、相手の内にある感情に対して作用し、その感情を掻き立てたり、あるいは鎮めたりといった効果を発揮する。
つまり、先ほどの飲み物…メイが「媚薬」だと思ったものも同じことが言える。

メイは思わず唸った。

 

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その唸り声に重ねるように、メルセルは一旦言葉を切ってから小さく呟いた。

「デイドラロードの秘宝を持ってしても、人の心を変えることは出来ない」

 

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「え?」

上手く聞き取れなかった。
もう一度繰り返してくれることを期待してメルセルの横顔を見上げたが、彼はそのつもりがないようだ。
そのまま沈黙が落ちる。

 

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(あれっ?)

不意にメイは、いつのまにか憑き物が落ちたように心身が楽になっていることに気付いた。
身体は疲れてはいるが、ここ最近ずっと続いていたような重苦しい疲労感ではない。
そのことに戸惑いを覚えると同時に、ある疑問が浮かぶ。

 

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(そもそも、ますたーはなんであんなことを?)

視線だけを軽く持ち上げ、彼の様子を伺う。
彼もまたメイと同様に寝台に寝そべっているが、不思議と無防備には感じられない。
その時、不意にメルセルがこちらに視線を向けた。

 

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目が合った瞬間、心臓が跳ね上がる。

(あ、やっぱり無理。そんなこと聞けない)

 

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「あのっ。
さっき聞いた任務の報酬のことなんですけど、あたし、ますたーにお願いがあるんです」

咄嗟に口から出任せでそう言った。
とは言え、漠然と思い浮かべていたことでもあったから、言葉は案外滑らかに出た。
「お願い」の詳細を聞いたメルセルは面倒臭そうな顔をしたが、それでも承諾した。

 

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「お前が今の任務を終えるまでに何とかしておいてやろう」

「…はい」

メイはやや緊張気味に頷いた。
メイがメルセルに「お願い」したことは、あくまで任務成功に対する報酬としてのことだ。
何とかしておくと言ったが、それには手間も費用も掛かる。
つまり彼は、メイが成功することを前提にしているのだ。
信頼…と言うより、成功させろという絶対的な命令。

 

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(でも、そんな風に言うってことはあたしのこと使える奴だって思ってる証拠だよね?)

そう思うと、非常に誇らしい気持ちになった。
今の気持ちが顔に出ていたらしく、メイを眺めながらメルセルは眉を顰めた。

 

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「何をにやにやしている」

「え、だって…」

「気味の悪い奴だな。
ただでさえ締まりのない顔がますます酷くなるぞ」

「あ、酷い。えへへ…」

皮肉を言われても、顔が緩むのを止められない。
メルセルは早々に諦めたらしく、舌打ちしてメイから顔を背けた。
そんな彼に、メイは思い切って声をかけた。

 

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「あのっますたー、もう1つお願いがあるんですけど」

「…まだあるのか?」
「はい。その…」

 

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「よ、4回戦に行きたいんですけど…」

 

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気恥ずかしさを覚え、伏目がちにそう告げる。
一瞬沈黙が落ちたが、シーツに視線を落としていてもメルセルの心底うんざりした様子が伝わってくるようだ。

 

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「まずは今の任務を終わらせろ」

 

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「は、はい。じゃあそれが終わったら報酬に上乗せってことで…」

「いや、上乗せはしない」

「えっ!?

「何度も言わせるなよ」

 

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「う…はい」

渋々といった顔で頷く。

 

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とは言うものの、完全に諦めたわけではない。
ここは一度引き下がり、また別の機会を狙おうと心に決めるメイであった。
そんなメイの内心の企みを見透かしたように(実際そうなのだろう)メルセルはまずますうんざりした顔で言った。

「それより任務に備えてさっさと寝ろ」

「…はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ブラックブライア家が所持する山荘は、リフテンの東に位置し、街道かややや離れた小高い丘に建っている。

 

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メイは、山荘からはやや離れた緩やかな斜面に生えた樹々の陰に身を隠しながら、その様子を眺めていた。
メイがゴールデングロウ農園に潜入した頃にはまだ初秋だったが、気付けば季節は移ろい変わり、黄昏の月に入っていた。

 

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(何か遠い昔のことみたいだなぁ)

松明の動きに意識を向けながら、そう遠くない過去に思いを馳せる。
メイはつい昨日まで人生のどん底にいた。
しかし、文字通り夢のような一夜が明けた今は、この上なく晴れやかな気分だ。
昨夜のことは控えめに言っても最高の体験だった。
今ではその忘れられない体験がメイの頭の中の大部分を占領し、男たちに嬲り者にされた記憶もまるで過去の騒がしい悪夢のようだ。

 

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今なら何でも出来る。
その気になれば空さえ飛べると、メイは感じていた。

メルセルとのやり取りの後、メイはそのまま寝入った。次に目を覚ました時にはメルセルはいなかった。
一抹の寂しさを覚えないでもないが、それでも満ち足りた気分のままメイは早速任務の準備に取り掛かることにした。
まずはあの山荘に関するあらゆる情報を頭に叩き込み、頭の中で自分が潜入する様子を何度も繰り返し思い描いた。

単独で本格的な任務に就かせて貰えるようになってからはまだ日が浅いが、それまでも他のギルド構成員の任務に同行して見学する機会はあった。
その際に、周到な下準備の必要性を理解した。

侵入する場所の間取りを知り、いざという時の侵入経路や退路を予測しておくこともだが、見張り番の動きを見極めることも極めて重要である。

 

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メイはまだ日が高い内からここに来て、もう何時間も彼らの様子を伺っている。
この山荘の見張りの合計人数はおそらく7人。
その内、屋外では常に4人の者が見回りをしている。

屋外の警備に対して、屋内にいる者は大抵は警戒心が薄い。
交替で屋内に入って行く者が安堵した様子を見せる辺り、屋内にいる3人の内何人かは休憩を取っている筈だ。
数時間にも渡って彼らを眺めて過ごしたお陰で、彼らの動きや死角になり得る場所などもわかった。

 

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西の空が茜色を帯び始めたと思ったら、見る見る内に濃い藍色へと変じていく。
身を切るような冷たい風が吹き、樹々を揺らす。

 

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スカイリムの夏は短く、冬の訪れは早い。
そして冬が到来すれば、太陽が支配している時間帯は極めて短くなる。

 

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ブラックブライア家が所持する山荘の周囲で、小さな明かりが灯り始める。
移動するあの明かりは、見張りの傭兵が手にした松明の炎だろう。

 

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太陽は殆ど山陰に身を隠し、頭上では星が瞬き始めている。
そろそろ決行の時間だ。
立ち上がり、凝り固まっていた身体を解す。

ある程度手足の血の巡りが良くなってきたところで、可能な限り足音を殺しながら山荘へと近付いて行く。
明るい内に比較的落ち葉が少なく、足音が立ちにくい道筋に検討を付けておいたのが功をなした。
メイが歩いても殆ど物音がしない。

 

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月星の明かり、夜空にかかった雲、周囲の物陰、あらゆるものに注意を向けながら慎重に山荘に近付く。
やがて、松明に照らされた見張り番達の顔を、個別に視認出来るほど近くまでやって来た。
誰1人として不審に思う素振りはない。

 

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(よし)

メイは山荘の扉付近にいる男にまず狙いを定める。
先ほどから観察していると、どうやらこの男がリーダー格らしく、腰に鍵の束を下げているのは彼だけだ。
他の者も腰元に鍵を下げてはいるが、1本だけしか所持していない。
おそらくは山荘の出入り口の鍵だけしか所持を許されないのだろう。

そわそわして落ち着きがないのは、交替の時間が近づいて来ているからか。
見張り番の注意が最も疎かになるのは交替間近の時だ。

 

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メイは呼吸さえ止めて男との距離を縮めて行く。
そして腕を伸ばせば触れられるところまで接近した。

ここからは、慎重さだけでなく迅速かつ大胆な行動が必要となる。
昨日まではこの時点で息苦しさを覚え、全身が強張っていたが今はもうそんなこともない。
高揚を覚えながらも落ち着いている。

 

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鍵の束は荒い縄で一纏めにされ、その男の腰紐に通して結んである。

不器用に固結びにされた縄を片手だけで素早く解く。これまでに何十時間、いや、何百時間も繰り返し練習した甲斐あって短時間で解くことが出来た。
手指に血が滲む練習が実を結んだ瞬間だ。

鍵束を取り落とすことのないようにしっかりと持ち直し、一度その場から離れる。

地面に設置した屋外灯が煌々と燃え盛っている。
その明かりの近く、それでいて明かりがぎりぎり届かない位置で、メイは身を潜める。
ここは見張り番の死角となる場所だ。

 

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適当な石を拾い、遠くへと投げ付ける。
石は落ち葉の上に落ちて転がって行く。唐突に聞こえた音に、見張りは一斉にそちらを振り返る。メイのほうを向いている者は1人もいない。
メイはもう一度、先ほどとは少し離れた場所に向かって石を投げる。

「誰だ!?」

2度目ともなれば人為的な音だと思うのも無理もなく、見張りの1人が誰何の声を投げ掛ける。
山荘はやや高台にあり、ここまでやって来るには緩やかな斜面を上がって来るしかない。そのため相手が誰であれ「来訪者」の姿を視認しやすい。
見張り達が注目しているのは、「来訪者」が来るであろう斜面の方向だ。
まさか既にこんな間近にいるとは夢にも思わない。

 

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戸口付近の男はさほど遠くまで行こうとはしないが、それでも戸口に背を向けてやや前に出る。
その隙にメイは戸口へと向かい、鍵束の中の1つ…1番立派な鍵を使って扉を開いた。

 

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室内に身を滑り込ませた後、念のため内側から施錠する。

これで暫くは時間を稼げる筈だ。
メイは次の交代の時間までに盗るものを盗って出て来るつもりだ。
その間、男が鍵束がなくなっていることに気付かないよう願うしかない。
多くの盗賊が、運をノクターナルに任せて祈る瞬間だろう。

 

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しかしメイは、それほど心配していなかった。
今のメイには、必ず上手くいくという確信しかない。例えノクターナルに慈愛などなくても。
山荘に入ったメイは、見張りの位置を確認するべく耳を澄ませる。

 

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複数の男の談笑が聞こえる。
足音を殺しながら慎重に渡り廊下を進み、曲がり角で一度足を止めた。

 

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曲がり角の先を伺うと、大広間になっているのが見て取れた。
そこで、2人の男が酒を飲み交わしているのが見えた。
かなり酔いが回っているらしく、品のない冗談に花を咲かせ、割れるような笑い声を立てる。

 

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その近くに壁に背を預けて形ばかりの警護に従事している男も1人だけいるが、彼もまた他の2人の談笑に加わっている辺り、真面目に仕事をしているとは言い難い。
予想した通り、山荘の内部の警備は極めて杜撰だ。

 

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それでも気を緩めることなく、身を低くして可能な限り気配も足音も消して廊下を進む。
誰か1人でもこちらに顔を向けたら見つかってしまうが、男たち全員、侵入者への警戒など全く頭にないようだ。
何しろ、山荘そのものが、極めて侵入しにくい立地だ。完全武装の見張りが外では常に警戒を怠らないとなれば尚のこと、室内に戻った者の気が緩むのは無理からぬ話だろう。

 

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その昔、リフトウィールド邸に侵入した時は木製の床が軋む音が気になったものだが、いつしか殆ど音を立てることなく歩けるようになっていた。
そのまま2階に上がり、見当を付けておいた部屋へと近付く。

 

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その部屋には頑丈な造りの扉が取り付けてあり、やはり鍵が掛かっている。メイの見立てではなかなか複雑な構造の鍵だ。
先ほど盗んだ鍵束と鍵穴の形とを見比べながら、合うと思われる鍵を順番に試していく。
3本目で小気味いい音が響いた。

 

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扉の向こうは、広々とした寝室だ。落ち着いた印象を受けるが、調度品や寝具等はどれも上質なものばかりだろう。

 

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(あった!)

バレンジアの石はすぐに見つかった。
飾り棚にその他の置物と一緒に飾ってある。

 

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メイはすぐに石に手を付けず、さり気なく室内を見回す。
この鍵のかかった部屋には、きっと何か貴重な品があるに違いないと考えたのだ。
寝台の脇に置かれた鏡台の小さな抽斗を開けると、中には宝飾品の類がいくつか入っていた。
メイはその中からいくつかを失敬した。

 

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その他にも、部屋中を物色して衣装箪笥やチェストの抽斗から少しずつめぼしいものを拾い上げて懐に仕舞う。
最後にバレンジアの石を手に取り、物色した痕跡がないことを確認してから部屋を出た。

 

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メイはわざと部屋の鍵を開けたままにして、来た道を引き返す。

たくさんのコレクションの内から、ほんのいくつかがなくなっても、もしかしたらメイビンは気付かないかもしれない…というのは、あまりにも幸運に期待しすぎだとメイは思う。
鋭い彼女のことだから、コレクションのいくつかがなくなれば気付くまでそう時間はかからない。少なくともメイはそう考えている。

 

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侵入した痕跡をあまりに綺麗に消すと、熟達した盗賊の犯行だと考え、ギルドに疑いを向けるかもしれない。それはギルドにとって都合が悪い。
慎重に痕跡を消したつもりが、最後に気を抜いて鍵を掛け忘れたかに見せることで、退屈な見張り番に飽きた傭兵がつい出来心で…という風に見せかけられるのではないか、そう考えたのだ。

 

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屋外へと出ると、先ほどまでの警戒態勢は既に解かれていた。
周囲を捜索しても怪しいものは何も見つからなかったため、おそらく野兎か何かが立てた音として片付けたのだろう。

そわそわしているリーダーの男の腰元に素早く鍵束を結び直した。
離れたところから観察していると、彼は自分の腰元から鍵束が一瞬でもなくなっていたことなど全く気付かないまま、交代の時間が来て安堵した様子で室内に入って行った。

 

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メイは笑いを噛み殺しながら山荘を後にした。

 

 

 

 

 

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メイは街道まで来ると、漸く張り詰めていた緊張を少しだけ解いた。そのままリフテンに向けて駆け出す。
怖くてその場から離れたかったからではない。

 

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まだ陽が照っている内から張り込み、神経を尖らせて見張り番の動きを観察していたから、心身共に疲れてはいた。
にも関わらず、今のメイは不思議と活力に溢れていた。

 

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(やった!ブラックブライア家から盗った!)

障害となる者の目を潜り抜け、禁じられた場所に入り、価値あるものを掴み取る快感を久々に味わった。
そう、人生の転機となった日、初めて知ったあの快感だ。
自然と笑みが零れる。

 

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「ははっ…あははははっ……!!」

笑い出したい衝動が込み上げてきて、夜の街道を駆けながら哄笑を響かせる。
端から見れば極めて奇異な光景だが、幸いにしてこんな寒い夜に街道を行く者など他にはいなかった。

 

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昨日までの自分が嘘のように、今は身も心も軽やかだ。
自分は盗賊なのだという自負を改めて実感する。

 

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その時、あることに思い至って唐突に立ち止まった。
立ち竦み、脳裏に浮かんだ考えに意識を集中させる。

 

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「あー、そっか。
多分きっと、もしかして…ううん、やっぱりそーいうことだったんだ」

小さく呟きながら歩みを進める。
メルセルが、ブラックブライア家の山荘からバレンジアの石を盗み出したがる理由がわからなかった。
メイビンに交渉して買い取ることも出来た筈なのに。

しかし今ならわかる気がする。

 

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「ますたーも盗賊だから、だよね」

メルセルは盗賊ギルドを率いる立場にいるが、それでも彼は、ギルドマスターである前に盗賊なのだ。

 

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空を見上げると、頭上には満天の星々が煌めいている。
まるで今の自分の心を現しているようだ、とメイは思った。

 

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「世界は広い、か」

ブリニョルフの言葉を反芻し、口の端を吊り上げる。
彼の言う通り、世界は確かに広い。
それでも、やはりブリニョルフは間違っていたのだ。

大半の者にとっては世界がいかに広かろうとも、自分を取り巻く限られた環境の中で生き、そこ以外の世界も他の生き方も知らぬままに人生を終える。
中には、他の生き方を知らないだけで機会があれば違う人生を選べる者もいるだろう。

 

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(でも、あたしは違う。あたしは盗賊)

メイが盗賊稼業を辞めて他の生き方を選ぶなど、どうしたって無理な話だ。
適正や好みの問題ではなく、メイという存在の根底に関わる問題だから。ブリニョルフは、本当の意味でそれを理解していない。

(でも、ますたーは…)

ギルドの誰もが、メイが盗賊稼業を続けて行くことは不可能だと考えた。そう、メイをギルドに迎えたブリニョルフでさえも。
そんな中、メルセルだけはメイを信じ続けた。
というよりも、彼には確信があったのだろうとメイは思う。

一流は一流にしか見抜けない。
本物は本物にしかわからない。

(大した能力もないくせに、思い上がるからこんなことになるんだよ)

ハロルドの言葉が脳裏に響いたが、今となってはそれももう無意味な響きでしかない。
鼻で笑い飛ばせるような戯言だ。

メルセルは、言う間でもないことだが一際優れた傑物で、そんな彼はメイの中に価値を見出した。
ハル…ハロルドなど、所詮は有象無象の輩に囲まれてお山のボスを気取っているだけの三流に過ぎず、メイの本当の価値を見抜くには役者不足もいいところだった。
メイは、今ならその確信が持てる。

 

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「やっぱりあたしたち、“同じ”なんです」

この場にいないメルセルに向けて、そう呟いた。

メイは6年前にギルドに来て、そこで初めて安息や尊厳というものを知った。
しかし、ギルドに馴染むにつれ、皆のことを好ましく思うにつれ、初めは小さかった違和感が日に日に膨らんでいくのを感じていた。
ギルドの方針に完全に迎合出来ない、あるいは自分の居場所ではないような、名伏し難い違和感。
ギルドの中で自分だけが異端者のようで、「仲間」といても常に孤独や焦燥を感じていた。
メイはギルドの中で重要視されるような存在ではなく、皆の尊敬や信頼を集めるのは他の盗賊の役目だった。

(ヴェックスとかね)

それでもメイには、心のどこかで自分こそが他の誰よりも「盗賊」であると自負していた。
もしそんなことを口にすれば、デルビンなら「志が高いのは良いことだろう」と苦笑し、ヴェックスなら「威勢のいい奴は嫌いじゃないね」と不適に笑ったに違いない。つまり、結局は誰も本気にしないのだ。

そう、メルセル以外。

 

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(メルセル、やはり彼女にこの任務は酷だ。他の者を当てるべきだ)

 

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(何言ってるんだい!?あんたには無理だ…!)

 

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ブリニョルフだけでなく、デルビンもヴェックスも、誰もがメイのことを過小評価していた。

(でも、ますたーはあたしのことちゃんとわかってくれた)

ギルドは帝国と揉め事を起こさない方針だ。
にも関わらず、メルセルはドール城から何か凄いものを盗み出したことをメイは知っている。メイだけが、知っている。
メルセルは表向きこそ盗賊ギルドのマスターだが、ギルドマスターである前に盗賊…つまり、「自分と同じ」なのではないかと朧気に思っていた。
今回、その朧気な思いが確信に変わった。

 

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(あたしとますたーとは同じ)
再び満天の星空を仰ぎ見ながら、その思いを噛み締めて味わう。

 

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ふと、呼ばれたような気がして振り返った。
もちろん誰もいない。

 

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しかしメイは、幼い日の無力だった自分が別れを告げて、去って行ったのだと感じた。

 

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ギルドに来て、他者との触れ合いの温もりを知った。
同時に、様々なことを知るにつれて、自分が生みの親に望まれない子供だと改めて実感して苦悩したこともあった。

 

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世の中には、ただ生まれてきたというだけで親から無償の愛を甘受する子供もいる。

 

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そんな子供たちと自分と何が違うのか、答えのない疑問に苛まれた。

 

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(でも、今は違うもんね)

今は、自分とメルセルとは「同じ」なのだという確信がある。
存在の根底、あるいは魂と呼べる次元で、彼と繋がっているのだとメイは実感した。

 

Comments & Trackbacks

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  1. これぞ盗賊! って感じの一話ですね。
    前に一回ヤられてる(いろんな意味でw)ので、今回はどうなっちゃうのかと半分ハラハラしながら読みましたが、無事生還できて爽快でしたヾ(๑╹◡╹)ノ”
    個人的にはホワイトランのあの一家がどうなっちゃうのかとても気になります。
    メイにとってのトラウマの対価はどれぐらいのものになるんだろう…(´◉ω◉` )

  2. >>もきゅもきゅ様

    メイも一度打ちのめされてパワーアップしたので、それを表現したい回でした。
    上手く表現出来たかな?と不安に思いつつ、そう言って頂けて安心したりもw
    ホワイトランのあの一家は…メイはあくまで盗賊としての報復を望んでいるので、命までは奪わないでしょうね。
    むしろ、「簡単に殺っちゃったら面白くないじゃん」みたいな(!?

    たまーにskyrim関連ファイルを全部削除したい衝動に駆られたりしつつ、次話の制作に取り掛かったり取り掛からなかったり。
    次がいつになるか自分でも完全に未定ですが、気長にお待ち頂ければとm(*_ _)m