第32話 「蚊帳の外」

skyrimstory32_1ブラックブライアの山荘での盗みを終えたメイは、その足でギルドではなく当たり前のようにリフトウィールド邸へと向かう。
リフトウィールド邸には明かりが灯り、室内に足を踏み入れると温かい空気を感じた。

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skyrimstory32_3それに、何かいい匂いが漂っている。
そういえば、ブラックブライアの山荘を見張っている間はのんびり食事など出来る筈もなく、干したイチジクを2つほど口に入れただけだった。急激におなかが空いてきた。

skyrimstory32_4「ますたー!帰ってたんです?」

skyrimstory32_5「…随分と時間がかかったな」

skyrimstory32_6「う…これでもちゃっちゃと盗んできたつもりだったんですよ」
「まぁいい。結果を報告しろ」

メイは頷き、バレンジアの石を卓の上に置いた。

「これですよね?」

メルセルはバレンジアの石を一瞥しただけで、それ以上は何も言わない。以前のメイなら労いの言葉の1つもないことに不満を覚えるところだが、今は違う。

「何をにたにた笑っている」
「え?そ、そーですかね?」

また気付かない内に笑みを浮かべていたらしい。

skyrimstory32_7メルセルが心底うんざりした顔を向けてくる。それから無造作に紙の束を差し出してきた。

skyrimstory32_8「これ、は…?」
「さっさと受け取れ。お前が依頼してきたんだろう?」
「えっ、もしかして」

その紙束を受け取り、中を検めるなりメイの顔に驚きが広がる。
紙面に書いている文面を熟読しながら、紙を捲っていく。
その内容は、ゴールデングロウ農園の傭兵たちの詳細な情報だ。
出身地、経歴、家族構成、彼らが持つ価値観…実に様々な情報を綴っている。
メイは感嘆の溜息を付いた。

skyrimstory32_9「す、すごい…」
「それで満足か?」
「はい!すごいですね!?1日もかかんないで、どーやってこんなの調べたんです!?」

skyrimstory32_10メルセルは冷ややかな目を向けただけで、質問に答える気はないようだ。

昨夜、メイがメルセルに「お願い」したことというのは、ゴールデングロウ農園の傭兵たちの情報を知りたいということだった。
言うまでもなく、彼らにメイなりの方法でお礼参りをするのが目的で、そのためにメルセルの情報源に頼ろうと考えた。
メイはおそらくは全員分は無理だと思っていたし、時間も相当かかるだろうと覚悟していた。
しかし、予想に反して1日足らずで全員の詳細情報を渡して貰えた。

ふと、大事なことを言うのを忘れていたと思い出して慌てて頭を下げた。

「ありがとうございます!」

「言っておくが、情報というのは決して安くない。
今回のお前の働きより、お前に渡した情報料のほうが遙かに高い。
差額分については近い内に請求するから用意しておけ」

skyrimstory32_11「う…やっぱりそーなっちゃいますよね。
はい、ちゃんと用意しておきます」

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skyrimstory32_13「もし無理だったら、その時は身体で…あ、嘘です。冗談ですってば」

メルセルの眉間の皺が深くなるのを見取って、メイは慌てて言い繕った。メルセルはそれ以上何も言わず、厨房へと入っていった。
そして何種類かの料理を運んで来て、食卓の上に並べ始める。カトラリーが1人分しか用意していない辺り、メイを食事に誘う気はないようだ。

 

skyrimstory32_14(美味しそうな匂い…)

その様子をぼーっと眺めていると、いよいよ空腹感が耐え難いほどになってきた。

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skyrimstory32_17「あ、あたしも食べちゃっていいです?」

skyrimstory32_18席に着いたメルセルに尋ねると、鋭い目で一瞥しただけで何も答えないまま食事を始める。
メイは一瞬逡巡した後、「何も言わないってことはきっといいってこと」と勝手に結論付けて、カトラリーを用意するとメルセルの向かい側に着席した。

skyrimstory32_19「いただき、ます?」

恐る恐るメルセルを伺いながら、遠慮がちに料理に手を付ける。

skyrimstory32_20一口食べた瞬間、大きく目を見開いた。

「っっっ!美味しい!!」

空腹も手伝って、遠慮など吹き飛んでしまう。

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skyrimstory32_23今日のメインとなる料理は、肉をリーキや数種類の香草と一緒に煮込んだものだ。
肉をスプーンで掬うと、簡単にスプーンが入るほどに柔らかい。
口に入れると、独特なコクと仄かな甘みを感じた。
時間をかけて煮込んだらしく、舌に乗せた途端に溶けてしまいそうなほど滑らかな触感だ。

skyrimstory32_21「美味しい…!
あたしお肉ってあんまり好きじゃなかったんですけど、これはすっごくすっごく美味しいです!
何のお肉ですかね?」

skyrimstory32_24惜しみない賛辞に、しかし、メルセルは煩そうに顔を顰める。

「…先日、ニルインがリフテン近郊で狩った熊だ」
「熊!?」

その答えに少なからず驚いた。
弓の名手であるニルインは、リフテンでは表向きは狩人として知られている。
そんな彼に農作物を食い荒らす鹿や、リフテンの街に近付きすぎた熊の駆除の依頼がくることは珍しくない。
以前、ニルインが仕留めた熊をスリンが調理したものを食べさせて貰ったことがあったが、固くて臭くてとても食べられるものではなかった。
同じ素材でも調理の仕方でこんなに変わるものなのか、とメイは心から感心した。

skyrimstory32_25料理は他に2品と、それにパンだ。
もう1品は、綺麗な薄紅色をした団子…のようにメイには見えた。薄紅色の中に、緑色の粒が見える。
食べてみると、鮭のような味がした。

「これも美味しい!これって、鮭…じゃないですよね?」
「…鮭だ。鮭の身と山羊の乳から作ったチーズを混ぜ合わせ、それに刻んだフロスト・ミリアムを加えて固めたムースだ」
「むーす…って言うんです、このお料理?
へー!何かおしゃれって感じします!
そっかぁ、この緑色のぽつぽつってフロスト・ミリアムなんですね」

skyrimstory32_26最後の1品は、炒めたキノコと香草とを合わせたサラダだ。

「これも美味しいです!
これは…」
「木椅子キノコとブリスターワートを使用している。どちらも毒性のあるキノコで、特に木椅子キノコは猛毒だ」

今度は、メイが何か尋ねる前にメルセルからそう言った。
メルセルのほうから説明してくれたこと以上に、その内容にメイはぎょっとした。

「ど…!?」
「ただし、これらを同時に使えば互いの毒を打ち消し合う」

skyrimstory32_27「そ、そーなんですね…
ところで、このドレッシングってさっきの鮭もちょっと使ってます?」
「……よくわかったな」

心底面倒臭そうな口調だったが、メイは誉められた気がして嬉しくなった。

 

 

skyrimstory32_29「ふわぁぁぁ、美味しかったぁ。もーおなかいっぱい」

skyrimstory32_28「…誰も食っていいとは言っていないがな」
「う…で、でも、ダメとも言ってないですよね…?」

skyrimstory32_30メルセルは舌打ちすると、食卓の上の使い終わった食器類を無造作に指差した。

「お前が片付けろ」

skyrimstory32_31「わ、わかりましたっ」

慌てて椅子から立ち上がり、使い終わった食器類を集め始める。
食後の小休止を取りたい気持ちもあったが、それでも全く苦にはならない。

「相変わらずにたにた笑ってやがるな。気味の悪い奴だ」
「え~、気味悪いっていくら何でも酷くないです?
あ、そーだ!
あたし、例の山荘から高級そうな紅茶も盗ってきたんです。
片付いたらお茶淹れますね」

skyrimstory32_35メルセルの返事を待つこともなく、一方的に宣言する。
片付けを終える前に、彼がどこかに出掛けたり、あるいは就寝するという心配もあったため、自然と手が早くなる。
彼のほうを伺うと、長椅子に腰掛けて本を読んでいる姿が見えて安堵した。

skyrimstory32_33(何読んでるんだろ?)

skyrimstory32_36ティーポットとカップを温める間に、彼の背後に回り込み、読書の邪魔にならないように注意しながら書面を覗き込んだ。
そこに書かれているのは、メイには全く見覚えのない言語だ。何かの記号のようにも見える。

(何だろ。読めないや)

skyrimstory32_34どういう言語なのか気になったが、今は淹れたばかりの茶のほうがメイにとって関心事である。

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skyrimstory32_38「ますたー、お茶の用意が出来ましたよ。
お菓子、とか…ないですかね、やっぱり」

返事を聞くまでもなく、表情だけで「ない」というのが見て取れた。
先日…というか、昨日メイをお茶に誘った男のことを思い出す。
あの男は、お茶とお菓子を用意してメイを待ち受けていたというのに、それから数時間後には攫って犯そうとしてきた。
思い出すと腹が立つと同時に、今更ながらあのお菓子が今ここにあればいいと思った。

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skyrimstory32_41とは言え、ないものねだりをしても仕方がないのも事実で、メルセルの目前に置いたカップに紅茶を注いだ。芳醇な香りが立ちこめる。
メルセルは手元のカップを一瞥すると、またすぐに本に視線を戻した。

skyrimstory32_42メイは自分の分のカップに紅茶を注ぐと、一瞬だけ躊躇ってからメルセルの隣へと腰を下ろした。

skyrimstory32_43期待と緊張を籠めてメルセルの様子を伺う。
凝視されることを鬱陶しく感じたらしく、メルセルが刺すような視線をメイへと向けた。

skyrimstory32_44半ば観念したようにカップを手に取り、小さく傾けた。
メイの顔に笑みが広がっていく。

skyrimstory32_45「ますたー、どーです?美味しいです?」
「……飲めなくはない」
「ああ、良かった!つまり美味しいってことですよね!」

メイは手を叩いて大仰に喜びを示す。

skyrimstory32_46そんな彼女をメルセルは心底うんざりした面持ちで眺める。

「ますたー、あたしね、さっき頂いた情報を元にしてちょっとあいつらにお礼参りに行ってきます」

メルセルは特に何の反応の見せない。
メイが「お願い」を言い渡した時から、得た情報をどういう用途に使うか見当が付いていたのだろう。

skyrimstory32_47メイは今、幸せを噛み締めている。
ずっと以前から密かに抱いていた、自分とメルセルが「同じ」なのではないかという期待が確信に変わった。
そして、メルセルもまたメイに対して同様の思いを抱いているということも確信している。
更には、彼のお陰で、自分を散々な目に遭わせた男たちに報復出来る目処が立った。

静かで穏やかな満ち足りた時間を享受しながら、頭の中には様々な悪巧みが浮かんでくる。
メイが期待と希望に胸を膨らませているところに、唐突にメルセルが声を掛けた。

skyrimstory32_48「メイ」
「ひゃ、ひゃい!?」

名を呼ばれ、驚きのあまり手に持ったカップを落としそうになった。
ギルドに加入した時のことを除けば、名前を呼ばれるのはこれで二度目だ。一度目は…

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skyrimstory32_50昨夜のことが脳裏に過り、頬が熱くなる。慌てて頭を振って、脳裏に浮かんだ記憶を無理矢理押し退けながらメルセルを伺うと、彼の横顔が目に入った。

「お前は今いくつだ?」
「えっ?と、とし…ですかね?
15ですけど」

彼の意図が読めないまま答えた。
メルセルは、それ以上何を言うでもなく、真正面を…というより、ここではないどこか遠い場所を、あるいは今でない時に思いを馳せているように見えた。

skyrimstory32_51メイはメルセルの目が自分のほうを向いていないことに不満を覚え、立ち上がると彼の正面に立った。
必然的にメイのほうが見下ろす形になる。

「あたし、15ですけど。
それが何かあるんです?」

そう尋ねてから、ふと思い当たることがあった。

skyrimstory32_52「あ、もしかしてあーゆーこと出来る年齢かどーかっていうのを気にしてたりします?
大丈夫です、あたし、えーっと…もう大人ですし。ちゃんと合法です。
あのっ、何だったら今からでも…」

skyrimstory32_53「黙れ」不機嫌そうな声に遮られた。
どうやらメイが思い当たったことは、全くの勘違いだったらしい。

skyrimstory32_54メルセルはソファから立ち上がると、「やることがある」と言って書斎へと入って行った。こうなれば、邪魔するわけにはいかない。
その後姿を見送りながら、一時は彼との距離が縮まったかに思えたことに対して疑念を覚えてしまう。

(なんであたしにあんなこと聞いたんだろ?
ますたーは意味のないことはしない人だから、きっと何か理由があると思うけど。
それに、あの時いったい何を考えてたんだろ?)

skyrimstory32_55知りたいことは山ほどあるが、一先ずポットとカップを片付けることにした。
その時、メルセルに渡したカップが空になっていることに気付く。

skyrimstory32_56「…飲めなくはない、かぁ」

先ほどの彼の言葉を反芻しながら、思わず笑みが零れた。

片付けを終え、メイが湯浴みを済ませてもメルセルはまだ書斎から出てこない。
暫く書斎に通じる扉を眺めていたメイだが、やがて肩を竦めて寝室へと向かう。

skyrimstory32_57綺麗に整えた寝台を見下ろし、僅かに躊躇したが、それでも寝台に横たわった。上質なシーツの感触がメイの身体を受け止めてくれる。

「寝るなとも帰れとも言われてないし、ここで寝て構わないよね」

自分勝手な理論を展開し、そのままリフトウィールド邸の寝台で眠りに就いた。

意識が完全に眠りに落ちる前に、メルセルから受け取った「情報」の中にあった一文に思いを馳せる。
ハロルド…そう、メイの純潔を奪ったあの男は、居住地を変更したばかりらしい。
おそらくは、ゴールデングロウ農園の傭兵をして稼いだ金を引っ越し資金に充てて、今頃は新天地での生活を満喫している最中に違いない。

skyrimstory32_58思わず笑みが零れる。

(さーてと…あいつをどんな目に遭わせちゃおうかな?)

期待に胸を膨らませながら、メイは夢路へと旅立った。

 

 

 

 

 

そして、その翌日…

 

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skyrimstory32_61外から帰ってきたばかりのブリニョルフは、疲れた身体を引き摺るようにしてフラゴンへと向かう。

skyrimstory32_60いったい何が起きているんだ?

ブリニョルフは、この疑問を一昨日から何度も脳裏で反芻している。
出来うる限りのことはしているが、それでも答えに繋がるような結果は得られない。

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skyrimstory32_64一昨日の夕方、「1人になりたい」と言うメイを残してフラゴンへと帰ろうとした。
しかし、フラゴンの近くまで来て足を止めた。

skyrimstory32_66どうにも胸騒ぎが収まらず、来た道を急いで引き返したが、メイの姿は忽然と消えていた。
小娘、と何度呼んでも返事がない。

skyrimstory32_65入れ違いでフラゴンに帰ったかもしれない、そんな期待を抱きつつ、同時にリフテンの街を注意深く観察しながら、再びフラゴンへと戻る。

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skyrimstory32_67その道すがら、ヘルガに遭遇した。いや、正確には、意味深な笑みを浮かべてブリニョルフを見ている彼女と目が合ったというべきか。

以前、メイはヘルガから借金を取り立てたことがある。
何をしたのか詳しくは知らないが、ヘルガに相当強い圧力をかけたらしい。

とは言え、ノルドの女、しかも治安の悪さに定評のあるリフテンで労働者向けの宿舎を切り盛りしているだけあって、ヘルガは負けん気が強い。やられっぱなしで引き下がるとは思えない。

skyrimstory32_69彼女が何か知っている、そう確信したブリニョルフは、少しばかり「強硬手段」に出た。

skyrimstory32_70ヘルガを「説得」すると、彼女はあっさり口を割って、自分と親しい男たちにメイを痛め付けるよう頼んだのだと話した。
となれば、その男たちがメイを攫ってどこかに引っ込んだ可能性が高いが、それがどこなのかまではヘルガにもわからない。

skyrimstory32_71心当たりを捜索するべく街に繰り出たブリニョルフは、首筋に、しかも誰かにやられた傷だと一目でわかる裂傷を負ったあるギルド員と会った。
名をローレンと言い、最近ギルド入りしたばかりのダンマーの青年だ。

skyrimstory32_72盗術の腕前は中の上といったところだが、話術と社交術に長けていて、ギルド入りして日が浅いにも関わらず、外交関係でデルビンから期待されている。
青年とは言っても、マー族だけあってブリニョルフより年上だと言う彼は、穏やかな物腰ながら底が見えない人物で、笑顔の下で何を考えているのかわからないところがある。

つまり、ブリニョルフから見れば「有能だが要注意人物」ということだ。
彼はそう喧嘩っ早いほうではなく、むしろ「戦わず勝つ」ことを好む傾向が強いため、明らかに他人から受けたと思しきその怪我はどうにも不自然だった。

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skyrimstory32_75ブリニョルフが問い質すと、観念して詳細を話した。
やはりと言うべきか、ヘルガの知人たちに関与していたようだ。

何でも、メイに少しばかり悪戯をしてやろうとしたら、唐突に目を覚まして逃げ出したのだと言う。この怪我は、逃げ去るメイに付けられたものらしい。
モロウウィンド育ちで、スカイリムの寒さが非常に辛いと言う彼は、首元の詰まった服を着用し、更にはその上からマフラーも巻いていた。この厚着に加えて、不安定な姿勢から繰り出された一撃ということもあってか、さほど深手を負わずには済んだ。

skyrimstory32_76「その後、メイさんがどこに行ったかは俺にもわかりません。
すみません、いくら何でも軽率すぎました。反省しています」

どこまで本心なのかはわからないが、とにかく表面だけは殊勝な様子でそう言った。

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skyrimstory32_78それを聞いたブリニョルフは、この男に対して言いたいことは山ほどあったが、一目散にフラゴンに帰還した。

skyrimstory32_79メイの捜索に協力してくれる者を求めてのことだったが、それを制したのはメルセルだ。

「その必要はない、ブリニョルフ。あいつの居場所はわかっている」

メルセルは何の気負いもなくそう言い切った。

skyrimstory32_81「メルセル…いったいどういうことだ?」

ブリニョルフは困惑を隠せずにそう尋ねたが、当のメルセルはそれ以上詳しいことは話してくれず、そのままどこかへ出掛けてしまった。

skyrimstory32_82結局、一夜明けてもメイがフラゴンに戻ることはなかった。その翌日…つまり昨日、メイが街の外へ出るところを目撃したという情報を掴んだ。
ブリニョルフは知る由もないが、メイがリフテン東にあるあの山荘へと向かった時のことだ。
その足取りを追うべきか悩んだが、踏み止まったのは、前日にメルセルが口にした言葉に起因する。
正確には、30年ほどにも渡って積み重ねてきた、メルセルに対する信頼と言うべきか。

ゴールデングロウ農園での一件以来、無理もないことだが、メイはずっと塞ぎ込んでいた。
ブリニョルフなりに、最善を尽くしてメイに接したつもりだったが、逆に突き放されたのが一昨日のことだ。
メイの心身を案じない筈がないが、しかし、今のメイを立ち直らせることが出来る者がいるのだとすれば、それは自分ではないという気がしていた。
メルセルのメイへの冷淡な態度は、ただ冷淡なだけではなく、何か考えがあってのことではないか。そう感じていた。

同時に、胸を抉られるような、あるいは焼け付くような痛みを感じてもいる。

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skyrimstory32_83「メルセル、俺は今までずっと…」

無意識の内に何かを呟きかけて、ブリニョルフは慌てて口を噤んだ。
余計なことは考えるまいと自分に言い聞かせ、頭を振って雑念を追い払う。

skyrimstory32_84「まったく、何だって言うんだい」

フラゴンに入ると、ヴェックスが不満げに呟くのが聞こえた。
彼女は今、席に着いて蜂蜜酒を煽っている最中だ。テーブルを挟んだ正面では、デルビンが苦笑を浮かべている。

skyrimstory32_85「まだ言っているのかい、ヴェックス?
君としては、よほど楽しみにしていたと見える」
「…まぁね」

ヴェックスにしては珍しく、仏頂面ながらデルビンの言葉を肯定する。そこに、ブリニョルフも加わることにした。

skyrimstory32_86「あれ以降、メルセルのほうから何も言って来ないのか?」
「ああ、そうだよ。
まったく、こんなことは初めてだ。
本当に久しぶりだってのに…メルセル…くそっ」

skyrimstory32_123そう言ってヴェックスは、蜂蜜酒が入った瓶を傾けて中身を一気に飲み干す。そして空になった瓶を乱暴にテーブルの上に置いた。

「ヴェックス、あまり手荒に扱わないでくれたまえ。
ヴェケルが怒るぞ」
「それにしても、確かに妙な話だな。メルセルがお前との約束を取り止めるなんて、今までなかったことだ。
メルセルに、いったいどういう事情があったんだろうか?」
「さーね」

skyrimstory32_87「約束ってなーに?ヴェックス、ますたーと何の約束してたの?」

ヴェックスが投げ遣りに答えたその時、4人目が会話に割り込んできた。ブリニョルフたちは、心底驚いた顔をそちらに向ける。

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skyrimstory32_88「小娘!」
「メイ!」

たった今、フラゴンに現れたのは、他ならぬメイだ。
驚く3人を余所に、メイはヴェックスへと詰め寄る。

skyrimstory32_90「ねぇ、教えてよ?ヴェックス、ますたーとどんな約束してたの?」
「あ、あんた…だ、大丈夫なのかい?」

skyrimstory32_92「そんなことどーでもいーからさ。あたしの質問に答えてよ」

skyrimstory32_91「いや、それは…あー、何だ。
一昨日のことだがね、メルセルの家で一緒に食事をする約束をしていてね。
ところが、今までになかったことだが、直前でメルセルが取り止めにしたんだよ」

当然ながらヴェックスもメイの状況は把握しており、それ故に、どういうわけかすっかり立ち直ったように見える様子に大いに戸惑った。

skyrimstory32_93メイの妙な気迫に押されつつ、質問に答えると、メイは「ふーん…」と呟いた。

ヴェックスがメルセルと約束を取り付けていたのは、まさにメイがリフトウィールド邸に上がり込み、鍋を空っぽにして眠りこけていたあの日だ。
つまり、あの料理は、本来ならヴェックスのために用意したものだったのだ。

skyrimstory32_94半眼になりながらも張り付いたような笑みを浮かべ、何とも形容しがたい表情をヴェックスに向けている。

「ヴェックスはさ、これまでもますたーの家に行くことはあったの?」
「あ、ああ。たまにだがね」
「そーゆー時って、ますたーの家で何するの?ナニするの?せっくす?」

skyrimstory32_97「は、はぁ!?」

さすがにこの質問には、素っ頓狂な声を出すと共に思わず椅子から立ち上がってしまう。
気が強く腕も立つヴェックスだが、こういった話題への耐性は皆無に等しく、白い肌が朱色に染まる。

skyrimstory32_96「何言ってるんだい、あんた!?いいかい、何を考えているんだか知らないけどね、あたしとメルセルとはあんたが思ってるような仲じゃないよ」
「あたしが思ってるような仲…って具体的にどんなの?詳しく教えてよ」
「…ッ!!大人をからかうんじゃない!!」

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skyrimstory32_99「あたしだって大人だよ?」

そういってメイは、意味深な笑みを浮かべて3人を見回した。
それから、再び視線をヴェックスへと戻すと、彼女の双眸を見据える。そして、笑みを収めてこう言った。

skyrimstory32_100「あたしが思ってるような仲、ってつまりせっくすする仲ってことだよね?
つまり、ヴェックスはますたーと今までヤったことないってことで合ってる?」

skyrimstory32_101「あんた…いい加減にしなよ」
「まぁまぁ、落ちついて聞きなよ。
っていうかさ、ヴェックス、そーゆー仲じゃないんだったら、もう二度とますたーの家に行かないでくれる?」
「はっ?」

skyrimstory32_102「もちろん、ますたーと喋っちゃダメ!ってことじゃなくて、お仕事の話をする分には構わないよ?
あたし、余裕たっぷりの大人の女性だからそんなことで目くじら立てたりしないもんね。おっぱい大きいし。
でもね、ますたーの家にはもう行かないで欲しいの。
っていうかさ、別に行く必要ないよね?お仕事の話だったら、フラゴンででもすればいいだけだもん。
…っていうのはね、あたし、ますたーのことが好きなんだぁ。もちろん性的な意味で。
だから、ますたーに近付かないで?お願い」

ね?と、愛らしい仕草で…それでいて見る者の神経を逆撫でさせる仕草で首を傾げる。
ヴェックスは一瞬黙り込んだ。
先ほどまでの困惑は消え、冷静さを取り戻した彼女は、メイを真っ向から睨み付ける。
対するメイはと言えば、へらへらと笑みを浮かべながらヴェックスの視線を受け止める。

ブリニョルフとデルビンは、呆気に取られながら事態を見守るばかりだ。

skyrimstory32_103「あんたね」

ややあって、ヴェックスが低く抑えた声で言った。

「悪いけど、答えはノーだね。
あんたがメルセルを好いてることはわかった。
でも、だからってなんであたしがあんたに指図されなきゃいけないんだい?
あたしはあたしのしたいように行動するだけさ」

skyrimstory32_105「んもー!」

メイは、唐突に怒りを含んだ唸り声を上げて、手近にあったテーブルを思い切り叩いた。
その音に驚き、3人とも目を丸くする。
だん!とメイが石畳を踏みつける音が響く。そのままの勢いでヴェックスに詰め寄る。

skyrimstory32_104「『なんで』!?バッカじゃん!?
だってあたし、ますたーの恋人なんだよ!?両思いなんだよ!?
恋人がいる男性の家にこれからも平気で出入りするとか、ヴェックスさぁ、どーゆー神経してるわけ!?
いい?あたしはね、さっきも言ったけど、どんな理由があってもますたーと喋っちゃダメ!ってワガママ言ってるわけじゃないんだよね。わかる?」

skyrimstory32_106「だって、ふつーは恋人がいる異性の家に上がり込んだりしないよね!?」

最後の言葉を口にする時は、ブリニョルフとデルビンの顔を交互に伺った。
唐突に水を向けられた2人は大いに困惑するが、メイのほうは、明確な回答を求めて質問したわけではなかったようだ。

ヴェックスに向けて挑発的に顎を突き出す。
当のヴェックス、それにブリニョルフとデルビンも、メイの口から出た「恋人」という言葉に目を白黒させて、脳裏で反芻している真っ最中だ。
咄嗟にその意味が出てこなかった。

skyrimstory32_110「いや、待て。恋人?お前が、その、メルセルの…ということか?
いやいやいやいやいやいや、それは何かの間違いだ!」

真っ先に我へと返ったのはブリニョルフで、彼はメイが何かとんでもない勘違いをしているに違いないと考えた。

skyrimstory32_109メイは、刺すような視線を、今度はブリニョルフへと移す。

「あぁん…?」

睨め付けながら、常よりも低い声で唸る。

skyrimstory32_111「間違い?勝手なこと言ってんじゃねーよ、おっさん」
「なっ…」

メイが放った言葉に、ブリニョルフは言葉を失った。
今までも少々口の悪いところはあったが、それでもブリニョルフに対してこんな罵詈雑言を放ったのは初めてだ。

そんな彼に構わず、メイは居丈高に続ける。

skyrimstory32_112「教えてあげる。
ヴェックスがますたーと一緒にご飯食べる約束してた日、ますたーはあたしと一緒にいたんだよ?
あたしがますたーの家に行ったから、ヴェックスとの約束は断ったみたいだね」

skyrimstory32_113「しかもその日、あたし、ますたーと一晩で3回もシたもんね!
しかもますたーのほうから押し倒したんだもん!!」

メイがふんぞり返って高らかに宣言する声が、フラゴン中に響き渡った。それと同時に、フラゴンは水を打ったように静まり返る。

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skyrimstory32_121たった今、バイパーとスリンとがフラゴンに入って来たところだったが、2人もそのままの姿勢で固まっている。

skyrimstory32_107唖然と佇んでいるヴェックスに再び向き直り、びしっ!と指差す。

skyrimstory32_108「つまりね、ますたーはヴェックスよりもあたしを優先したってこと。
ヴェックスとご飯食べるのを止めちゃって、その時間、あたしとあーんなことやこーんなことシてたんだから」

skyrimstory32_114二の句を告げずにいるヴェックスに一方的に言い放ち、そして、勝ち誇ったような満面の笑みを浮かべる。

「これでわかったでしょ?
だからね、お仕事の時ならともかく、それ以外の時は2人で会ったりするべきじゃないってことが」

skyrimstory32_115メイが言うだけ言って言葉を切った後も、ヴェックスは暫く無言だった。言葉の内容が理解出来ない…わけではない。
それどころか、メイの目を見て、彼女の言葉に全く嘘がないことを悟った。
もちろん、「おっぱい大きいし」に関してはその限りではない。
ヴェックスの整った顔には、まさに茫然自失といった表情が浮かんでいる。無言のまま、半ば崩れるようにして椅子に腰を下ろした。

skyrimstory32_116メイのほうを見ようとはせず、顔を伏せたままで、やっと言葉を紡ぐ。

「そう、か…そういう事情なら、そうだね、あんたの言う通りだ」
「ヴェックス…」

デルビンが彼女に気遣わしげな視線を投げ掛ける。
メイはヴェックスの「敗北宣言」を聞いて気を良くして、一層のこと笑みを浮かべる。

skyrimstory32_119「よしよし、わかってくれたらそれでいーよ。
さーてと、あたし、ちょっとトニリアに用事があるんだよね」

そう言って、小走りでその場を離れる。
その際に、ブリニョルフのすぐ横を通り過ぎて行った。

skyrimstory32_117メイを振り返りながら、その背に向けて何か言おうと口を開きかけた時、唐突に立ち止まってブリニョルフのほうを振り返った。

「あ、そーだ。ブリニョルフ、あたし、まだもうちょっとだけお休みするね?」
「何?それは構わないが…何か理由があるのか?」

skyrimstory32_118「うん、ちょっとね」

ふふん、と意味深に笑って、今度こそその場を後にした。
ブリニョルフは再び呼び掛けようとしたが、結局、かけるべき言葉など何も見つからなかった。

skyrimstory32_120トニリアのところへ赴き、何か商談を始めたらしいメイを暫く眺めていたが、やがて彼女から視線を外す。
心の奥に小石が沈み込んだような違和感、そして僅かな不快感を覚えてはいたが、敢えて意識しないようにした。

ヴェックスへ向き直ると、空っぽになった蜂蜜酒の瓶を手に取るのが見えた。
もちろん、傾けても何も出てこない。
空ろな目で、見るともなく手元を眺めてたが、不意に覚束ない足取りで立ち上がった。
正面に座ったデルビンも、声をかけあぐねている様子だ。

「いやぁー、驚いたなぁ」

陽気な声でそう言ったのはバイパーだ。
スリンと揃って、ヴェックスたちが座っているテーブルへと近付いてくる。
彼の声に、どこかわざとらしい響きが感じられるのはブリニョルフの気のせいではないだろう。

「まっさか、メルセルがよりによってあいつとそんな仲に…
もしかして、あいつ、見栄張って嘘言ってたりしてな?」

あはははははは、と乾いた笑い声が響く。
しかしヴェックスは首を横に振った。

「それはありえないね。
あいつは馬鹿な奴だけど、見栄のためにメルセルの名誉を貶めるようなことはしない」
「お、おう」

冗談に対して大真面目に切り返され、バイパーはそれ以上何も言えなくなる。
元から会話上手でもないスリンはと言えば、居心地悪そうに明後日の方向に目を向けている。
息苦しい沈黙が落ちる中、ヴェックスが椅子から立ち上がる音が響いた。

「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」

それだけ言うと、彼女はフラゴンを後にした。

 

 

 

 

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skyrimstory32_127「ヴェックス…」

ホンリッヒ湖の畔でヴェックスの姿を見つけたブリニョルフは、静かな声をかけた。
奇しくも、一昨日メイに今後のことについて話していた場所だ。

あれからたった2日しか経っていないことが信じられないぐらい、メイは変貌していた。
以前の自分を取り戻した…というのとも違う。
より傲慢になり、抜き身の刃のような剣呑さを纏うようになった。

そう、まるで…

skyrimstory32_150(メルセル…)

少年だった頃のメルセルの姿が、そして彼に付いて回っていた幼い頃の自分の姿が、脳裏に鮮明に甦る。
彼はどこまでも傲慢で、傍若無人だった。
一昨日、メイに対して嘗てのメルセルの面影を重ねたブリニョルフだが、その時抱いた思いはますます強まる。
同時に焼け付くような焦燥と不安を覚えてもいたが、その正体が何なのか、何に対してなのか自分でもわからない。

skyrimstory32_128ヴェックスからの返事はない。
また、ブリニョルフも取り立てて彼女に伝えたいことがあるわけではなかった。
ただ、放っておけなかった。

いや、正確には違う。

skyrimstory32_129(俺のほうがこいつに寄りかかりたいんだ)

そんな自分に気付き、ブリニョルフは愕然とした。
自分が抱えている、明確な姿が見えない不安感を、ヴェックスとなら分かち合えるかもしれない。そんな気がしたのだ。

(馬鹿馬鹿しい)

ブリニョルフは声に出さずに自嘲的に呟き、その場から離れようとした。
その時だ。

skyrimstory32_130「あたしはさ、ほんのガキの頃にメルセルに拾われたんだよ」

唐突にヴェックスが呟いた。

skyrimstory32_131思わず振り返るが、彼女はブリニョルフに背を向けたままだ。

「7つ?8つ?数えてなかったから正確にはわかんないけどね、まぁ、気付けば親も兄弟もいなくて、そこら辺で盗みを働いてたってわけさ。
腹が空いたら食べ物を盗む、寒けりゃ服や毛布を盗む、それだけのことだね」

ヴェックスは構わず続ける。
ブリニョルフに語り掛けると言うよりも、独白のほうが近い。
だから、ブリニョルフも何も言わずに彼女の言葉に耳を傾ける。

skyrimstory32_132「まぁ、そんなある日メルセルに拾われてさ。
あー、確かクッソ寒い雪の日だっけなぁ。
ま、それ以来、相棒みたいな立ち位置で一緒に悪さしてきたってわけさ」

skyrimstory32_133「もちろん、『そういう関係』になったことなんか一度もないね。
それでも、盗賊としての彼の右腕のつもりだったよ。
ギルドマスターとしてのメルセルの隣にいるのはブリニョルフだが、盗賊としての彼の隣にいるのはあたしだった。
…ずっと、そう思ってた」

最後の言葉は、殆ど消え入りそうなほどに小さかった。

skyrimstory32_134ヴェックスはそれ以上何も言わない。
ただ、ブリニョルフの気のせいでなければ、細い肩が震えているように見えた。

skyrimstory32_135メルセルがよりにもよってメイを抱いたなど、到底信じられない話だが、ブリニョルフもまたそれを事実だと確信していた。
ヴェックスの言う通り、メイは見栄のためにメルセルの名誉を貶めるようなことは決してしない。

そして、メルセルが軽い気持ちでギルド員…それも年端もいかない小娘に手を出すなどありえない。後々、厄介なことになるのは目に見えている。
寝る相手が欲しいだけなら、もっと後腐れのない、そしてメイよりもっといい女の「当て」があるのだから。
とは言え、なけなしの全財産を賭けてもいいが、メルセルがメイに惚れているとは露ほども思っていない。恋人云々はメイの一方的な勘違いというか、少女らしい無垢さで、一度寝たらそういう関係が成立すると信じて疑わないのだろう。
メルセルがメイを抱いたのは、言ってみれば彼女への「報償」なのだ。

ブリニョルフを初めとした構成員たちは、メイにはもう盗賊稼業は不可能だと考えた。
しかし、メルセルはメイの復活を確信しており、しかも、どうやら少しばかりその「手助け」をしてやったらしい。

skyrimstory32_136(メルセルが、あいつにそこまでしてやるだけの価値を見出したって言うのか?)

どうにも腑に落ちないものを感じて、ブリニョルフは首を傾げてしまう。
先ほどヴェックスが口にした、右腕という言葉が脳裏を掠めた。
ブリニョルフが考えている以上に、メルセルはメイのことを高く評価している。

(自分の隣に据えてもいい、と考えるほどにか?)

ブリニョルフはそんな考えを抱いたが、到底納得のいくものではない。
しかし、あまりにもわけのわからないことが多すぎる。

ブリニョルフもまた、ヴェックス同様に幼い頃にギルドの一員となり、彼の人生は文字通りギルドと共に在った。

skyrimstory32_141メルセルが18才という若さでギルドマスターになった時、ブリニョルフはまだ12才の子供だった。

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skyrimstory32_143ギルドの役に立ちたい、メルセルを支えたい、そう強く思いながらも、12才の子供に出来ることなどそう多くなかった。

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skyrimstory32_149ギルドの運営に関わらせて貰えず、悔しい思いをした少年時代を経て、若くしてギルドの幹部となった。
今ではギルドに欠かせない存在で、ヴェックスの言った通り、ギルドマスターの右腕と言えるところまできた。

skyrimstory32_139しかし、ブリニョルフは今、自分の足元が揺らぐのを感じていた。

今、ギルド内で何かが起きている。
ブリニョルフの与り知らないところで、何かが始まっている。
それが何なのかブリニョルフにはわからないが、おそらくメルセルには見えているのだろう。
そして、ブリニョルフを立ち入らせる気はないようだ。

少年だった頃に感じていた、蚊帳の外に置かれたような疎外感と悔しさ。
それらが鮮明に蘇り、今もブリニョルフを苛んでいる。

skyrimstory32_140(メルセル、俺は今までずっと…あんたを支えてきたよな?)

声に出さぬままそう呟いた瞬間、ある光景が脳裏に鮮明に浮かび上がった。

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skyrimstory32_156メルセルの背を見ながら、彼に追い付こうとしている自分。
しかし、一定距離以上近付けない。
いや、ブリニョルフ自身が距離を詰めることを躊躇っているのだ。
そこに、ブリニョルフを押し退けてメイが割り込んできた。

メイは図々しくもメルセルの腕にしがみ付き、肩越しにブリニョルフを振り返り、得意げな顔をしている…

skyrimstory32_137もちろん、あくまでブリニョルフの想像に過ぎず、どこかで見た光景というわけではない。
しかし、鮮明なその場面を「視た」ために、ブリニョルフは、ここ最近自分が抱えていた不安感の正体を垣間見ることが出来た。

正直、直視したくない感情だ。それでも目を逸らすわけにはいかない。
ブリニョルフは唇を噛み締めた。

(俺は…おそらく、あいつに嫉妬している)

声に出すことなく、しかし朧げだった感情を明確な言葉にした瞬間、冷たい風が吹き抜けて樹々の葉を揺らした。
ブリニョルフは頬にかかった髪を払いながら、「冷えるな」と呟いた。

skyrimstory32_138そろそろ正午に近い時間帯だが、地上に降り注ぐ日差しはどこか儚げだ。
ヴェックスはやはり何も答えない。
彼女もまた、様々な思いを巡らせているのだろう。

 

 

 

 

 

それから数日後。
サトゥラリアを間近に迎えた頃の、リフテンから遠く離れたホワイトランでのこと。

skyrimstory32_157穏やかな真冬の日差しが降り注ぐ中、美しい石畳を小走りに行く男の姿があった。

skyrimstory32_158他でもない、メイの処女を奪ったあの男…ハロルドだ。

彼はごく最近、ここホワイトランにて、売り出し中だったブリーズホームという家に妻と共に引っ越してきた。
自宅へと向かうその足取りは軽やかで、彼が上機嫌であることを示している。

skyrimstory32_160ハロルドが自宅前まで来た時、反対側から妻のティアリスが歩いて来るのが見えて、足を止めた。

skyrimstory32_159ここホワイトランを含め、スカイリムにおいてダンマーの女性は目立つが、しかし彼女に露骨に侮蔑的な目を向けてくる者はいない。
以前に2人がいた街…ウィンドヘルムとは違う。

彼女は、ハロルドにも見覚えのある女性を伴っている。

skyrimstory32_161ハロルドに気付いたティアリスが、嬉しそうに手を振る。そのまま駆け出す素振りを見せたが、すぐに思い直したようだ。
彼女がそうする理由に心当たりがあるハロルドは、自分のほうから駆け寄った。

skyrimstory32_162「ティア!それにセリーヌさんも!」
「ハル、お帰りなさい!」

ティアリスは声を弾ませながら言った。
興奮を抑えきれないといったその様子から、ハロルドは「心当たり」が的中していることを確信した。
ハロルドの考えを読み取ったらしく、ティアリスは喜色満面でピースサインを作ってみせた。

「今日はビッグニュースがあります!ななななーんと!」
「何だってー!?そりゃあたまげた!」
「って、まだ何も言ってないいわよ!?」

芝居がかった身振りで話すティアリスに合わせて、ハロルドも大げさに仰け反って驚くふりをした。
そんな2人の遣り取りを、ティアリスに付き添っていた女性…セリーヌは微笑ましく見つめている。

「何と!赤ちゃんが出来ました!
おめでとう、未来のパパ!
…ハル?」

ティアリスが高らかに宣言しても、ハロルドは何の反応も見せず、無言のままだ。

skyrimstory32_163首を傾げながら夫の顔を覗き込んだその時、いきなり抱き締められた。

「ああ、そうか…!
…っ!!」
「ちょ、ちょっと、ハル。く、苦しい」

予想はしていたとは言え、妻の口からその知らせを聞いたことで、感動のあまり言葉を失っていたらしい。
妻を抱き締めながら、やはり言葉は滑らかには出てこないが、その気持ちは直に伝わってくる。
だから、ティアリスも力を抜いて身を任せることにした。

人々が行き交うホワイトランの往来にて暫し抱擁を続けた後、ようやく2人は離れた。

skyrimstory32_164今更ながら、ハロルドはセリーヌに気恥ずかしそうな顔を向ける。

「すみません、セリーヌさん。色々お世話になっときながら、なんていうか」

セリーヌは気を悪くした風もなく、それどころか、くすくすと笑っている。

skyrimstory32_165「いえ、とんでもない。
私のほうこそ、こんな大切なことに関わらせて頂けて光栄です。
とても仲のいいご両親に恵まれて、生まれてくる子も幸せですね」

skyrimstory32_166「ははっ、ありがとうございます」

ティアリスの体調に変化が現れたのは、今から数日前のことだ。
一般的に、マー族は身籠りにくいと言われている。
だからティアリスもまだまだ先だと思っていたが、持っている知識と照合した結果、新しい命を授かった可能性に思い至った。

そこで、この街にあるキナレス聖堂の司祭にして癒者の心得もあるセリーヌを訪ねたところ、予想通りだったという次第だ。
本来ならハロルドも同行したかったが、彼は彼で、他に行くべきところがあった。

「そうだ、俺からもいい知らせがあるんだ」
「なぁに?あ、ひょっとして、例の件が上手くいったの?」
「ああ、上手くいったよ。首長のご子息の家庭教師をさせて貰えることになった。
…まぁ、勘当された身とは言え、『家』の名前が後押ししてくれた部分も否めないけどな」

そう言ってハロルドは苦笑した。
彼と実家との確執はティアリスも知っていて、しかも自分も決して無関係ではない。
敢えてその点には触れず、壁内で仕事を見つけられたことを素直に喜んだ。

「そっかぁ。おめでとう、ハル!」
ハルならきっといい先生になれるわ。頭もいいし、人に教えるのも上手だもの」
「ハロルドさん、おめでとうございます」

ハロルドとしては家名に頼ったことへの複雑な思いもあったが、しかし、妻とセリーヌの笑顔を見ていると些末な問題に想えてきた。
危険を伴う傭兵業を辞めて、壁内での仕事を手に入れられたのは喜ばしいことなのだから。

skyrimstory32_168ハロルドは今、幸せを噛み締めている。
ウィンドヘルムでは、自分も妻も色々と辛い思いをしてきた。
しかし今はホワイトランに引っ越してきて、新しい仕事も見つかり、良き隣人にも恵まれている。
何より、愛する妻との間に新しい命を授かった。

…とは言え、全く懸念がないと言えば嘘になる。

skyrimstory32_1672人はセリーヌに改めて礼を述べ、去り行く彼女を見送った。

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skyrimstory32_171そろそろ家に入ろうとしたその時、ハロルドは唐突に弾かれたように顔を上げた。
驚いたティアリスが彼の視線の先を辿ると、1人の少女の後姿が見えた。

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skyrimstory32_172彼女が角を曲がると同時に、ハロルドはその後を追って駆け出した。しかし、曲がり角の先には誰もいない。

skyrimstory32_175「ハル、どうしたの?」
「いや…」

立ち竦んだまま、ハロルドは曖昧に答えた。
ティアリスを振り返った時には、いつもと変わらない朗らかな笑みを浮かべていた。

「知ってる奴を見た気がしたが、どうやら見間違いだったらしい」
「そう、なの?女の子みたいだったけど」
「あー、いや。俺の前の雇い主の下で働いてたメイドだよ。別に親しくもなかったけどな。
それより、腹が減ったからそろそろ家に戻って昼食にしよう。ティアは何か食いたいものあるか?」
「そうねぇ、私は…」

陽気な口調で言って、ティアリスを促しながら自宅へと向かう。
途中、肩越しに背後を振り返ったが、不審な人物は見つからない。

skyrimstory32_174(気のせい、だな。見間違いだ)

ハロルドは自分にそう言い聞かせながら、不安を払うように頭を振った。
何故ならあの女は死んだのだから。
生きている筈がないのだ。
頭の中で何度もそう繰り返しながら、それでもあの女の目が脳裏に焼き付いて離れない。
組み敷かれ犯されながら、それでも「このままでは終わらせない」とでも言うような、あの目が。

 

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skyrimstory32_177ハロルドと、彼の妻らしきダンマーの女が自宅に入ったのを確認すると、メイは民家の屋根から降りてきた。
くしし、と笑いながら2人の「愛の巣」へと近付いて見上げる。

skyrimstory32_178メルセルから受け取った情報は的確で、その情報の通り、ハロルドはここホワイトランへと引っ越してきたばかりだった。
これからハロルドを襲う運命を思うと、メイは気の毒すぎて笑いが止まらなくなってしまう。

skyrimstory32_179「ま、その運命をもたらすのはあたしなんだけどね」

 

Comments & Trackbacks

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  1. メイちゃんの豹変っぷりが良い感じですね。アルトマーの傲慢さが滲み出ているみたい^^
    後やっぱり心理描写がうまいなぁ…(今回はぶりにょんのでしたが)
    見習いたいもんです(๑╹ω╹๑ )b

  2. >もきゅ様
    一度人生のどん底まで堕ちてから復活に至ったことによる成長(?w)は初期からずっと書きたかった展開だったりします。
    果たしてちゃんと表現出来ただろうか?という不安もあったため、そう言って頂けるとありがたいです。
    心理描写についても嬉しいお言葉をありがとうございます。
    登場人物の心理描写や回想は、今後の展開において必要な描写ではあるものの、読む側として楽しいのかなーと葛藤しつつ毎回書いてますw;
    書き始めた当初は心理描写を書くのは自キャラだけの予定だったのですけど、今やNPCの心情も好き勝手に想像しまくりです。